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「俺の親父も放蕩して⋯⋯冬の早朝に⋯⋯」
指を絡め、繋いだ手の指輪の跡を見つけ、過ぎてしまう日々が徒らになり、振り返り、堪らなく、突き刺さる胸の痛みに目を塞ぎ、遠い過去の自分と、こんなにも向き合って、途切れ途切れでも心を露わに、話す間にも。弾かれたように、傷を打ち明ける一時にも。
「酔っ払って……死んだよ。呆気なかった。置き去りにされた俺や……嗚呼……お袋は」
抱きしめ合った。できるだけ、ぎゅっと。
「独りではだめになったよ」「話して……」
「熱湯をかけられた……火傷を隠すために」
「刺青を……?」「うん、でも傷痕にはさ」
頬に口付ける彼女の唇の色は失せていた。長い睫毛から、とろりと涙が落ち、密やか。愛を誓い、何度、約束しても、別れは来る。身体を繋げてもきっと、心は宙ぶらりんだ。
「……色を刺せないんだって、だから……」
透けそうに関節の白く浮き上がる指先が、左胸にある浅い瘢痕をゆっくりとなぞった。
「デザインを考えて貰った」「きれい……」
花が燃えているみたいだと彼女は言った。赤い花びらを青褪めたまま、摩り、涙した。愛の頬を抱き、そこにある赤い花を撫でた。ありもしない痛みに、心はまだ――震える。
「左耳に刺青を入れたのはね……」「うん」
「好きな人から赤い花を貰うのが夢だから」
「貰ったの」「ううん、誰もくれない……」
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