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「貴女に俺が花を贈るよ」「ほんと……?」
「ああ、ほんとさ」「嫌な記憶ばっかりよ」
それでも、やめない。やめてはいけない。愛と呼ぶにはまだ早過ぎても、手探りでも。どう転んでも、足掻いても、掴み取るなら。手の中、腕の中に今、愛しい女がいるなら。
「俺はよく思い出せない」「ママ……も?」
「男と出て行った。それっ切り音沙汰なし」
「そう……」「これからまた塗りかえよう」
「……そうね」「二人で――」「ええ……」
熱く、甘い恋をするなら生きている間に。せめて、生きている間は独りにならないで。必ず来る。俺にもいた、彼女が。今ここに。身体を通して、心に触れる時を大切に――。
「セックスする前にする会話じゃないよね」
「逆に、どんな話するもん?」「話しない」
「黙っていてもいいよ」「手を握っても?」
「うん……喋らないでいい」「静かね……」
生温いビール、食べ掛けのオレンジの蔕、パーティー開けのポテトチップス、空き瓶、青い口紅、蛇行するチェーン、菊石の足枷。残り数本のPEACEの箱、百円ライター。砂嵐の番組、変える気すらないチャンネル。途切れるラジオから流れるボブ・マーリー。壊れかけのクーラーを起動させる高い電子音。雨が降っていて、遠くで電車が走っていた。
訳もなく無心に、その全てを愛しく想う。目を逸らしたまま繋いだ、指の冷たささえ。
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