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夏希の体を抱きとめると、温かく、いい匂いがした。
小さく見えた胸は、慎太郎の腕の中で柔らかかった。
……俺は、妖狐を抱きしめられない。
妖狐は俺を助けようともしないし、俺のために泣いてもくれない。
なんであんなに夢中になっていたんだろう……。
スマホが壊れ、慎太郎は、夢から覚めたような気がしていた。
妖狐の微笑が、霧が晴れるように消えていく。
妖狐はやはり、あやかしなのだ。慎太郎は思った。
人の心に取り憑き、巣食う。訳も分からず夢中にさせる……。
おそろしいバケモノだ。
「ね、大野くん。帰ろうよ」
顔をあげた夏希が笑う。
猫又に似た目を、照れくさそうに細めて。
夏希がこんなに可愛いなんて知らなかった。
もっと見たい、夏希の笑顔を、泣き顔を。
慎太郎は「帰ろう」とうなずいて、夏希の小さな手を握りしめた。
~おわり~
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