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第5夜 前編
5日目。おじさんからの国際便は、午後8時すぎにお店に届いた。
現金書留なのに、包みが大きい。中を開けてみると、先月分の家賃と一緒にキムチが1パック入っていた。
キムチだけに、ほんの気持ちということだろうか。他は何も同封されていなかった。
昨日は結局、自分の仮説は外れてしまった。もっとも、表の通りに出なかったなら、単に寡黙なお客様にエスプレッソをお出しするだけで済んだかも知れない。
でも、それでは自分の気持ちが納得いかなかっただろう。昨晩は奉仕精神に燃えていたのだ。明け方、燃え尽きるまでは。
ぼくは、届いたキムチを冷蔵庫にしまうと、家から持って来た文庫本をリュックサックから取り出した。
時刻は午後11時。
昨日の静寂が嘘であったかのように、お店の有線放送はいつの間にか元通りに直っていた。
読書は思うように進まない。
ぼくは、エプロンのポケットに入れたスマートフォンを取り出した。
だれからも連絡は来ていない。LINEも、Twitterも、 Instagramも、特に大した知らせは見当たらなかった。
今日は金曜日。外の人通りは、いつもより多い気がする。
ぼくは、昨日のことで力が抜け、お店の留守番にやる気が湧かなくなっていた。
学習性無力感か……。どうしたって変なことが起こるのだ。このお店では。真夜中には、必ず。
理由は分からない。自分が「ガチョーン」を想像したからかも知れない。あるいは、接客をする中で、自我を出しすぎ、黒子に徹しなかったからだろうか。
ぼくは、ストレスが重なると、インターネットの世界に逃避したくなる習性があった。
なにかこう、自我を忘れてしまうような刺激的なものでも見れないかな……。YouTubeを検索しようと、ぼくが液晶画面に触れようとしたそのとき、いきなり若い男の声が響いた。
「すみません……」
お店の半分開いたシャッターをくぐって、自動ドアになっていない自動ドアを開けて、自分より10歳くらい歳上のお兄さんが、いつの間にかお店の中に入ってきていたのだ。
「あ、すみません。ごめんなさい。いらっしゃいませ」
ぼくはあわててスマートフォンをしまいこむと、とりあえずお辞儀をした。
「こちらのお店、今の時間やっているんですか?」
見ると、そのお兄さんのそばには、小学生くらいの少年が立っていた。
「はい、今週だけ、臨時営業なんです。朝5時までです」
「あの~、実は申し訳ないんですけど」
そのお兄さんは、本当にすまなさそうな顔をして続けた。
「この子をちょっと預かってもらえませんかね?」
「え? 預かるというと?」
うちは託児所ではなくカフェだといおうとしたとき、お兄さんは間髪入れずにこういった。
「すぐ戻ります!」
お兄さんはそのままお店を飛び出して行った。
「ちょ、ちょっと……!」
お店を出ると、ワゴン車が猛スピードをあげて左側の十字路に走り去るところだった。2日目の夜、ドロ人間たちが行ってしまった方向だ。
「なんなんだ……」
ぼくがお店に戻ると、少年の顔を見て度肝を抜かれた。
さっきの少年は、顔に葉っぱの描かれたお面を被っていたのだ。そして、嬉しそうにこういった。
「悪いけど、ちょっとおじゃまさせてもらいますね」
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