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第7夜 前編
スマートフォンを開けてみると、だれかからの不在着信があった。
昨晩のお客様に話をしていたときに、ズボンのポケットの中で振動していたものだ。
見てみると、おじさんの携帯からだった。
まさか、海外からの国際電話だろうか。それとも、もう日本に帰国しているのだろうか。
ぼくは、試しにおじさんに折り返し電話をかけてみた。案の定、おじさんにはつながらなかった。
7日目。夜9時にお店に着く。
お店の有線放送のスイッチを入れていると、ドン、ドンとシャッターを叩く音がする。
シャッターを開けてみると、そこにいたのは、3日目の夜に訪れた大家のおばさんだった。
「どう、元気にしてる?」
おばさんは開口一番、ぼくの顔を見てそういうと、にやっと笑った。
ぼくは、これまでの寝ずの番で経験した七転八倒を、余すところなく打ち明けたい気分にかられたが、止めておいた。
「まあボチボチといったところです……」
「でも、あんた、この前会ったときよりも、生き生きした顔になってるわよ」
おばさんはそういって微笑んだ。
そして、おばさんはぼくの手に紙袋を渡した。
「まあ、あと1日だけど、頑張ってね」
おばさんが帰ってから、袋の中身を開けてみると、中には、ドーナツが3個入っていた。
ありがたい。あとでまかないのコーヒーと一緒にいただこう。
午後10時。開店。
この日は不思議なことが起こった。いつもと違い、何組ものお客様が次々とコーヒーを飲みに訪れたのだ。
最初の1組は、大学生くらいのカップル。間もなく結婚すると話していた。
次に来店したのは、ビジネスマン風の男の人1人。ノートパソコンを使いながら、コーヒーを黙々と飲む。
さらに、やけにノリの良い男女6人。陽気にやってきては、陽気に歌を歌いながら帰っていった。
どのお客様も、みんな幸せそうだった。
少し気になったのが、若い男性2人。どう見ても、2日目の夜にお店を訪れたドロ人間に姿が瓜二つなのだ。しかし、互いの家庭の話をしては盛り上がっているお客様の様子は善良そのものだった。
お店は大盛況だ。こんなことって、あるのだろうか。しかも、この1週間で訪れたお客様たちのような、人生の悩みのひとかけらほども見受けられなかった。
業務上のミスもなく、接客もまずまずで上手くいき、ぼくはほっとしながらも、少し物足りなさを感じていた。
あのサラリーマンのお客様はあれから大丈夫だろうか。あの初老のお客様は、今は元気にしているだろうか……。
今夜は、すでに11人ものお客様がお店を訪れていた。
日曜日だからか? なにかイベントやお祭りの帰りなのだろうか。まるで最後の夜を飾るにふさわしい客足といっても良かった。
このまま、何事もなく普通に終わるのかな。
とぼくが寂しく思ったそのとき、お店の玄関の半開きのシャッターを、ドン、ドン、ガシャ、と叩く音がした。
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