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結び
おじさんと再会したのは、それから2日後の水曜日のことである。
どういうわけか、指定された場所はとある大手チェーンのカフェだ。自分のお店のライバル店という認識はおじさんにはないらしい。
お店に着くと、おじさんは髭をぼうぼうに生やしたロビンソン・クルーソーのような雰囲気になっていた。アロハシャツとジーパンという出で立ちで、服装も海外渡航前とまるで様変わりしている。
「韓国を経由して、イスラエルとかフィリピンまで足早に立ち寄ってきたんだよ」
おじさんは昔から旅好きだった。
旅の目的を打ち明ける代わりに、おじさんは、旅行用のスーツケースとリュックサックの中から、いくつものお土産の品を取り出しながらぼくに尋ねた。
「どうだったかい? 務めは」
おじさんに聞かれ、ぼくは一拍置いてから返事をした。
「色々あったんですけど、とても良い社会勉強をすることができました」
「うん、それなら良かった」
そして、おじさんは、お店を地方の町に移転することにしたとぼくに告げた。
「来月の頭には引っ越し完了の予定だ。お店の再開にはだいぶ時間を要する」
「ずいぶん急ですねぇ……」
ぼくの言葉に、おじさんはにやっと笑った。
「移転は留守の前から決めてたんだ。そうでもなきゃ、社会人経験のない君に自分のお店を任せることなんかしないよ」
「確かに……」
引っ越し手伝いのアルバイトを引き受けることになり、日程を調整してからお土産の品を受け取ると、ぼくはおじさんと一旦別れた。今度会うのは1週間後の金曜日、そのときはおばさんも一緒だ。
今度のアルバイトは交通費と謝礼金付きだ。これで、たまには父と母に親孝行ができるだろう。あるいは友達にも。
帰りの電車の中で、ぼくは夜番最後のお客様の言葉を思い返していた。
向かいの座席に座っているお兄さんの手のひらから、スマートフォンがパタンとこぼれ落ちた。
お兄さんは酔っ払って寝ている。どうしよう。
すると、ベビーカーを手にしてお兄さんのすぐそばに立っていた20代くらいの女の人が、その落ちたスマートフォンを持ちあげて自分を見た。
ぼくは立ち上がると、その酔っ払ったお兄さんの肩をとん、とんと叩いて声をかけた。
「すみません、スマホ、落ちましたよ」
間髪入れずに、女の人が、スマートフォンをお兄さんに手渡す。
「あ、すいません」
お兄さんは、顔をあげると女の人と自分に対してお礼をいった。
ちょうどそのタイミングで電車が乗り換え駅に着く。
自分と一緒に手伝ってくれたその見知らぬ女の人は、ぼくの顔を見ると、にっこりと笑いながら軽くうなずいた。
ぼくも、それを見て、思わず同じようににっこりと笑って軽くうなずくと、そのまま電車を降りた。
* * * * *
「世にあっては苦難があります。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝ちました。」ヨハネの福音書16章33節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会 許諾番号4-2-3号
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おわり
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