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目が覚めたら、ところどころに染みの浮かんだ自室の天井が見えた。
夢だったか――その事実に落胆した。
エリも、毎回こんな気持ちだったんだろうか。いや、それ以上だろう。
あらためて、ここまで彼女を縛り付けてきたことを申し訳なく思った。
喉が渇いている。水を取ろうとしてベッドサイドテーブルに手を伸ばすが、水差しの中身は空だった。
ロッシュを呼ぼうとして、言葉を飲み込む。
何をばかなことを――。ロッシュは去年死んだではないか。
85歳だった。晩年は、年老いて丸まった体でゆっくりながらも変わらず屋敷のことをこなしてくれた。大きな病気をすることもなく、いつものようにベッドで眠りについたあと、ある朝起きてこなかった。それが彼の最期だった。
ロッシュが羨ましかった。俺も、そんな風に安らかに死にたい。
でもまぁ、それは無理か。俺は自嘲する。
肝臓をやられている。俺ももう長くはない。
年齢だけ見れば、死ぬにはいささか早いかもしれない。でも、それはただの確率論だ。これが俺の運命だった。ただそれだけだ。
医者が言うには、肝臓を壊したのは酒量が原因だそうだ。確かに、彼女のいない生活に耐えかねて酒に溺れたこともあった。エリには、待つ時間は幸せだとうそぶいたが、実際は寂しさに耐えられなかった。寂しくて寂しくて、何度か街へ出て娼館に行ったこともあった。エリに言ったら半狂乱になるだろうから、これは墓場に持っていく秘密だ。だが、心だけは、何十年たっても彼女ひとりのものだ。だから許してほしいと思う。
エリと最後に会ったのは45歳の時だった。あれから24年、一向に再会の時は訪れない。その間に俺は養子を迎え入れて、俺亡き後の後継者を育てた。エリの不在は、10年くらいは耐えられた。しかし、15年を過ぎた頃から俺は精神の安定を欠くようになり、いよいよ自殺まで考えるようになった。
そんな時――本当に突然、何のきっかけもないように思えたが――突如として理解できるようになった。恐れる必要はないのだと。俺達は絶対に再会して、人生を共にすることができるのだと。それは恐らく、神からの啓示だった。
全てを理解した俺は、今は穏やかな気持ちだ。だから、彼女を待ち焦がれて慟哭することも、もうない。
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