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日に日に眠る時間が長くなる。
残された時間も、もうわずかのようだ。困難の多い人生だったと思うが、誰が何と言おうと俺は幸せだ。
体をわずかに起こすのも億劫になり、俺は再び眠りにつこうとした――その時。
「カイト!」
俺の名前を呼ぶ彼女の声が聞こえた。幻聴か?
「カイト!」
「エ……リ?」
首を動かして部屋の入口を見ると、あの頃と全く変わらない、いや、もっと綺麗になったエリがいた。傍らにいるミーシャは、口元を押さえて嗚咽していた。
「カイト、ごめんね。遅くなってごめんね」
エリは、ベッドに近づくと、ひざまづいて俺の手を取り、自らの頬に当てる。手の甲が濡れる感覚があった。
「エリ、久しぶりだな。もう、さすがにここには来ないかと思っていた」
「うん、そうだね。私もそう思ってた。私の世界でもね、もう3年経ったの。大人っぽくなったでしょ?化粧も覚えたんだから」
「あぁ、君を見た瞬間に思ったよ。綺麗だと」
エリは満足そうに笑い、それからいたずらっぽい顔をしてみせた。
「カイトはずいぶん年を取ったね。でも、悪くないわ。ロマンス・グレーっていうの?渋くて素敵よ。私の彼氏がそんな人で誇らしい」
中身は少しも変わっていない。そんな彼女につい声をあげて笑ってしまった。
「君は今どんな生活をしているんだ?」
「私はまだ学生やってる。あ、私、結構モテるんだよ。ほら、カイトとの恋愛で花開いちゃった感じ?でも同年代の男なんて全然だめね。子供よ」
「俺だって、君と初めて会った時は同年代だっただろう」
「ふふ、でもカイトは全然違うの」
そこで会話に一区切りつき、俺とエリの間に少しの沈黙が生まれる。
「……俺は、見た通りだ。病を患ってね、もう何日も持たないだろう。だから最後に君に会えてよかったよ」
エリは、今にも泣きそうな声で小さく、うんと言った。
「多分、今日来たのは偶然じゃない。……カイト、ごめんね。こんなに長い間来れなかったのは、私のせいなの」
エリは、今度こそ目から大粒の涙を流す。
「あなたに最後に会ってから、私怖くなった。どんどん老いていくあなたを見続けることが、怖くなったの。あなたが死んでしまうのを見たくない。こちらに来たくない。そう思ってしまった。ずっと一緒にいるって決めたのに。だから、こんなに時間が空いてしまったんだと思う」
エリの決死の告白を、穏やかな気持ちで聞く。
後悔しなくていい。俺だって、逆の立場だったら同じように思ったはずだ。
「でも、君は来たんだな」
「うん。やっぱり、これっきりなのは嫌。だから覚悟を決めたの。そしたら、来れた」
「ありがとう」
ありがとう。今生では、これで十分だ。
天涯孤独だった俺が、最愛の人に見守られながら逝く。これ以上は望まない。
「君のおかげで、俺は幸福に包まれながら死んでいける」
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