軌跡

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軌跡

 瑛士(えいじ)が雨宿りのために入った廃屋で見つけた、かつての恋人、流佳(るか)の写真だった。まず目に入ったのは、写真に写った彼女の目を背けたくなる姿だった。  まず1枚目には、猿轡(さるぐつわ)をつけられ、椅子に縛り付けられて座らされている姿。はだけられた私服は、もしかして自分とのデートで着ていたものではないだろうか?  そして、必死に撮影者を睨み付けている顔。うっすら滲んだ涙に胸を締め付けられるようで、急に空気が薄くなったような錯覚すら覚えた。  顔を背け、必死に体を隠そうとする姿。もう何が行われているかは想像に難くない、顔が見えないことを理由に否定しようにも、乱れた髪から覗く耳には、瑛士の贈ったピアスが付けられていた。  信じられないというような目で自らの腹部に向け、両手を当てている顔。恐らく白色灯の下で撮影されたのだろうことを差し引いてもその顔は青白く、悲痛なものだった。  呆然とした表情で仰向けになっている流佳。もはや露になった裸体を隠すこともなく、その右頬が赤く腫れている痛々しさに、胸まで痛くなった。  まるで子どものように泣きわめきながら、恐怖に引き釣る顔。よく見ると、仰向けに寝かされた彼女の脇に、毛むくじゃらの、胡座をかいていると思しき膝が見える。まさか、ひとりじゃない?  呆然とした表情で椅子に座る流佳。その腕は力なくぶら下がり、まるで出血しているような赤黒いアザは、腕だけでなく頬や脚にも見られた。どうして、こんなことが……?  撮影者も含むだろう大勢の男たちに囲まれたまま目隠しをされ、痛ましいアザもそのままに痴態を晒している流佳。こんな姿、恋人である自分の前でも見せたことがない。  生活の場で折に触れて見かける様々なものが、およそ本来の用途とはかけ離れた凌辱の道具として流佳の身体をいたぶっている写真は何枚あっただろう。恐怖の表情が次第に緩んでいたのが信じられない。  首を絞められ、関節を外され(律儀に写真の裏にメモ書きされていた)、ホースで水を飲まされ、注入され………………、目を背けたくなるような写真がいくつか続いて、半ば飛ばし見するようになって、やがて写真は途切れた。  思わず投げ捨てるように置いていた最後の写真を見ると、そこには汚物にまみれて生気のない、アザだらけ流佳が赤黒く染まった畳の上で倒れている姿が写し出されていた。ぶらん、と投げ出された四肢にも痛ましいアザや噛み痕が見られて、近くにある割れた電球や捨て置かれたライター、電極がどういう用途で使われたものであるか、考えたくもない。  そして何度見ても、そこに写る流佳は、もう……  ガタガタと膝が震え出す。  気付けば雨はますます強まり、瑛士が今夜この家を出るのは、もう無理であるように感じられた。
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