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思い起こすもの
瑛士は、震えのあまりにガチガチと鳴る歯を止められずにいた。
身体の奥から寒気が込み上げてくる、どうしてこんなところにこんな写真が? そんなものは決まっている。恐らく、ここなのだ。生気のない瞳で、写り込む男たちのものか自身のものか、いずれにせよ汚物のなかで横たわっていた流佳。
監禁され、蹂躙され、抵抗しては殴られ、不本意な行為を強要され続けていた場所は、恐らくこの家だ。人を人とも思わぬ狂気の沙汰を思わせる写真の数々、そこに写し出されていた凶行は、まさにこの場所で起こっていたのだ。
「流佳……、いるのか、ここに?」
絞り出した声は、掠れていた。
繋がっていたどのSNSを使っても連絡がとれず、彼女のどんな履歴を辿っても失踪に繋がる痕跡も見つからず、いつしか諦めてしまっていて……。
親族はなく、恋人にも諦められて、世間からも忘れられて、孤独のなかで、ずっとここにいたというのか? こんなところで、蔑ろにされて、踏みにじられて……?
瑛士のなかに、数年前の記憶がまざまざと蘇る。
あの日――彼女が消えた日は、デート中に些細なことで喧嘩になってしまっていたのだ。いつもならどうにか仲直りできていた、瑛士が折れて、彼女の都合に会わせてなんとかなっていた。
しかしその日、瑛士は訪れていた公園でプロポーズするつもりでいた。バレンタインデー、その夜9時に演出の変わるイルミネーションに彩られるデートスポットの大橋近くで、プロポーズしたかったのだ。そこが、瑛士が流佳と出会った場所だったから。
だから、そこから離れるような提案を受けるのは躊躇われたのだ。そんな彼を置いてひとりで帰ってしまった夜、流佳はどこかに消えてしまったのだ。何度後悔したかわからない、連日仕事の合間に探し続け、休みの日など1日かけて走り回った。それでも、彼女のいそうな場所に姿はなくて……。
「流佳……、なぁ、流佳……?」
いたとしても、きっとそれは瑛士の知っている流佳ではない。そんなことは百も承知だった。そもそもあれから何年経ったと思っている? 流佳が失踪してから少しの間、半ば自棄になって複数の女性と関係を持っていたし、新しい恋人だって社内でできた……そんな自分が今さら彼女に「探していた」だの、「会いたかった」だの言う資格はない。
しかし、それでも。
ひと目だけでも見たいと思うのは、間違っていないはずだ、かつて結婚まで考えた相手の悲惨な姿を見せつけられて、それがどうなっているか気にすることを、誰が否定できる?
もはや予感などではなく、確信している。
彼女は、ここに眠っている。
なら、それを見つけるのは、自分の指名だろう?
半ば支離滅裂な使命感に背中を押され、軋む床板を踏みしめながら、暗い廊下を歩く。誰の気配もなく、誰の声もない、そんな家のなか。
ふと、酸味のある臭いに気付いて振り向いた先には、1枚の破れかけた襖。
そこを開けた先には、予想しなかったものがあった。
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