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影は、追う
やはり、あの家にいたのは流佳だった。流佳は、あそこでさんざん弄ばれた上、殺されたのだ。数日前に警察で聞かされた“事実”に、瑛士はまだ愕然としていた。
いや、どうなのだろう――より正確に言うなら、もうただただ現実感がなかった、と言うべきなのかも知れなかった。あれだけ凄惨な暴行の証拠を見せつけられて、そんなことのあった場所にあった白骨遺体が流佳だったのだと言われても尚、瑛士の中には疑念が湧いていた。
その疑念を裏付けようとするように、ネットではさまざまな声が流れている。
『模倣犯?』
『もしかして偽装じゃね?』
『悲報:警察の目が節穴だと証明された件』
『死体が解体されたのは最近らしい』
『あの作家じゃないの、前に殺されたやつ』
『女どんな顔?』
『骨とかエッッッ』
……まるで話にならない。
事情を知っている瑛士には、SNSに流れる流言蜚語の類いが、まるでSNSというツールを手に入れて浮かれた猿人が騒いでいるようにしか見えなかった。
事件そのものの凄惨さから目を背けるためだろうか、それとも単に興味本位でしか話していないのか、流佳の生前を想像したり、痴話喧嘩が発展して瑛士が殺したことにされていたり、もしも流佳の遺族が――たとえば父親などが見たら激怒するだろうという、根も葉もない言葉が飛び交っている。
幸いというべきか、幼い頃から男でひとつで流佳を育てていた彼女の父は一昨年、娘の発見を待たずして他界している。
警察からの話では、流佳は行方不明になった数日後に殺害されており、その日のうちに解体されている。手口などから判断すると川嶋本人による犯行である可能性が高いことがわかっている。
また、撮影された暴行現場の写真の1枚に写り混んでいた足の持ち主は、どうやら川嶋本人のものではなく、更に言うと、共犯者であったことが知られた内海睦のものでもないらしいこともわかっていた。
“怪物”として連日メディアを賑わせ、世間を震撼させていた川嶋の事件。内海が著書『Kという名の怪物』でも触れていた、多くの謎のひとつだとでも言うのだろうか?
いったい、この人物は何者なのだろう?
そもそもあの空き家は、川嶋の住んでいたという地域からはだいぶ遠い。もしかしたら、足だけ写っていた男が関係している家なんじゃないのか?
そう思い付いた途端、ただ呆然としているだけだった瑛士の胸中に、突然焦燥感が芽生えてくる。
早く、早く突き止めなければ。
流佳をあんな目に遭わせたやつは、きっと生きている。まだ、のうのうと生きているに違いない。
怪物は、ひとりではなかった。
自分たちの周りにも、いたのだ。
瑛士は、再び空き家に向かう決意をした。
もしかしたら警察もいるかも知れないが、当てになるのか否か……昨今のニュースではあまり頼りにならない印象が強い、やはり自分のこの手で、捜すのだ。
流佳を発見してから焦点の合わなかった瑛士の瞳に、獰猛な光が宿っていた。
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