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物言わぬ再会
「……やみそうにないな」
那須川瑛士は、重苦しいまでの雨空を見上げながら思わずぼやいていた。今日はなかなかついていると思っていたが、どうやらそれも錯覚だったようだ――などと言ってみたが、様になりそうもなかった。
先月終わり、勤めていた会社が突如倒産し、ろくな退職金もないまま追われることになった。
どこか次の勤め先を見つけなくてはいけないところだったが、あまりにも唐突な変化に心身が対応しきれておらず、半ば現実逃避のように遊び暮らしていた。この日は、昼前に起きてから近くの駅にあるソープランドで嬢を抱き、そこから電車で数駅ほど離れた飲み屋街で少しの酒を飲み、ほろ酔いのよい心地のまま、駅から少し離れた町中を歩いていた。
ふと、冷たいものが頭に当たる感触に気付いたときには遅かった。
降り続く雨は分刻みにその勢いを増していき、やがて数十メートル先も見えないくらいに、夕暮れの町を包み込んでいた。
「どうすんだよ、これ……」
思わず口をついて出た言葉はあまりに弱々しく、雨音に掻き消されてしまいそうだった。今はどうにか、誰も住んでいなさそうな廃屋の軒先で雨宿りできているが、いつやむかわからないうえに、風も徐々に強くなっている。恐らく、もうそろそろこの軒下は雨宿りの意味を成さなくなってくるだろう。
「…………」
瑛士のなかに、ある案が浮かび上がる。
もちろん躊躇しないわけではなかった。人の気配がない――割られた窓ガラスがそのままになっている時点で誰もいないだろうことが推測できる――とはいえ、やはり他人の家だ。勝手に入っていいものだろうか……そんな躊躇は、しかし強くなる雨足に呆気なく洗い流されてしまった。
ドアの鍵はかかっておらず、すぐに入ることができた。
からん、
乾いた金属音と共に、足元に置かれていたらしいケースが倒れた。どうやら中身がバラバラに散らばったらしく、カサカサという音が聞こえた。
「ちっ……、なんだぁ?」
酔いもあったのだろう。
どこか大きくなった気持ちのままに落ちたものを携帯のライトで照らした瑛士は、え、と声を漏らした。
「な、なんだよ、これ……!」
散らばったのは数枚の写真で。
そこに写っていたのは、数年前に音信不通になったかつての恋人、坂口流佳だった……。
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