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「その顔……」
「俺の身体にも、すでにバケモノが棲みついている。一度取り憑かれたら、負の感情が消えない限り、バケモノは一生寄生したままだ。いつ理性を失うか分からない」
男はギリギリのところで保っているようだった。
「どうしてあなたのような人がバケモノなんかに……。あなたは、私たちを助けてくれたのに」
「事件で大切な人を失った者が歩む道は二つにして一つだ。悲しみに暮れたまま延々に立ち直れない者。このままじゃダメだ立ち上がって、もう二度と同じ悲劇を起こさないために活動する者。でも、どちらも事件に囚われていることには変わりない。大切な人を失った苦しみからは逃れられない」
「そんなことない! 過去は変えられなくても、前を向いて生きていればいつか必ず悲しみは癒える!」
「お前に何が分かる! 五年たった今でも悪夢にうなされる苦しみが! 目覚めるたびに愛する者がもういない現実を突きつけられる孤独が!」
大きく見開いた真っ赤な目。さっき出会ったバケモノとさほど違わない形相。
由紀はしゃくり上げていた。恐れているのではない。彼のことが不憫で仕方なかったのだ。
男が激しくもがいている。顔の爛れが治ったと思えば、また酷くなる。男は男の中のバケモノと戦っていた。
「目障りだ! 早く立ち去れ!」
男の怒鳴り声を引き金に、由紀の脳内であらゆる誹謗が暴れだす。
記者は人の不幸で飯を食う卑劣な職業だ。
人の人生に土足で踏み入って、何が面白い!
当事者の気持ちに寄り添うふりして、結局記者は何もしてくれない。
偽善者。悪魔。貧乏神。
あんたらは人間じゃない。
すべて実際に言われた言葉だ。
由紀は悶えていた。いや、戦っていた。
苦しんでいる人を助けたい。苦しみを多くの人に知ってもらうことで、彼らを孤独から解放してあげたい。
記者にできることは必ずある。
彼らの心に寄り添えるのは、限られた同じ境遇の人間だけじゃない。
私にだって。
由紀は誹謗を振り払い、男に飛びついた。
ーー男の呻き声が止んだ。
「あなたたちの目に最初に飛び込んでくるのは、あなたたちの気持ちを何も考えない連中かも知れない。でも、事件にまったく関係なくたって、私はあなたの力になりたい。そういう人間は大勢いる」
男は呆然と突っ立ていた。
荒い呼吸は収まり、顔の爛れが引いていく。
「あなたたちは孤独じゃない。だから、もう一人でバケモノと戦わないで」
由紀は男を力強く抱きしめた。
しばらくしたあと、男の手がそっと由紀の背中を抱き寄せた。
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