助ケビト

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 神社があったらしい場所に着いた。日が沈まないうちにとは言ったものの、懐中電灯で照らさないと歩けないほどの暗さである。  朽ちた木材に紛れた狛犬や石像を指差しながら、笹野が「これ撮って!」とはしゃいでいる。それが骸骨になるともっとテンションが上がる。信じていないとはいえ、新見も物珍しそうに連写する始末である。由紀は内心軽蔑して仕方なかった。  今日は『五年前の新事実!』という特集のための取材だ。最初からでっち上げの記事を書く気満々なのだろう。じゃなきゃ、取材する前から『新事実』なんて謳わない。  そもそも、似たような記事は他社の複数の週刊誌も定期的に掲載している。バケモノを捉えた写真も何度か見たことがあるが、新事実を見つけられなかった記者が、苦し紛れにバケモノに扮した写真のようにも見えた。  何か踏んだような気がして、由紀は足を止めた。例の壺と思しき破片が散らばっている。破片には破けたお札が張り付いている。  由紀は割れた壺を見ながら、当時の凄惨さを想像していた。  ただのおふざけのために神社に侵入し、壺までたどり着いた大学生。壺が壊れたということは、少なくとも誰かが壼に触れたということだ。ジャンケンに負けた罰ゲームか悪ノリか、誰かが壺に触れ、割ってしまった。  悪ノリで人に迷惑をかける若者には、つくづく制裁が下ればいいと思っていた。しかし、この有様ーーバラバラになった人骨に虫が這う様子を目の当たりにすると、正常な人間なら笑えない。  ましてや、多くの人が犠牲になったのだ。村人にとってはなんてことないある日の夜、突然魑魅魍魎に襲われる。黒い巨大な渦が家も電柱も何もかもを飲み込んでいく。子供も親も老人も、なすすべなく恐怖の中死んでいく。  渦中の村人たちの悲鳴が、由紀の頭の中をかき乱す。    気づくと、涙を溢していた。 「なになに〜、由紀ちゃん、怖すぎて泣いちゃった?」  怒りで拳を握り潰しながら振り返ったときだ。笹野の向こうで、何かが動いた。  由紀は息を飲む。全身から冷や汗が噴き出る。 「今、何か、そこに……」  極度に震える指で示したほうへ、笹野と新見が振り向く。 「何もないじゃないの」 「蛇かなんかじゃないんですか?」  確かに蛇ではない何かがいた。その何かには目と口があるのをはっきりと見た。鼻もあったかも知れない。……いや、明かに人の顔のようなものだったと、信じたくないだけだ。這いつくばっている体勢じゃないとおかしい位置に顔があり、顔面は酷く(ただ)れていて、目はひん剥いていた。  声も出ないうちに、笹野と新見は何かがいたほうへ近づいていく。 「本物のバケモノでも出てくれたらいい記事になるんだけどな〜」  耳障りな語尾が悲鳴に変わったと思ったら、爛れた手が笹野の脚を掴んでいた。  バケモノだ。由紀は目一杯叫んだ。  新見は写真を撮ることすら忘れて腰を抜かしている。倒れ込んだ笹野に、バケモノは覆いかぶさろうとする。笹野は悲鳴を上げながらもがいている。  バケモノが笹野の顔面を掴んだ。笹野を見下ろすひん剥いた目。爛れた口は不気味な叫び声を放っている。  由紀は叫ぶのをやめた。バケモノの叫び声が、何かの言葉になっているように聞こえたからだ。なんとか聞き取ろうと、冷静になろうとする。  頭の大きさほどの大きな石がバケモノを突き飛ばした。新見が投げたのだ。  痛そうにもがくバケモノに、新見は容赦なく大きな石を投げつける。 「ちょっと待って! やめて新見さん!」  由紀は新見の腕を掴んだ。 「この人、何か言ってるんです!」 「何バカなこと言ってるんですか! これは人じゃなくて、どう見てもバケモノでしょう!」  バケモノが由紀と新見目掛けて飛びかかってきた。  恐ろしい、だけどどこか悲しげなバケモノの表情。  由紀ははっきりと見た。バケモノが、新見でも笹野でもない誰かに蹴飛ばされるところを。  赤いマフラーの余った部分がマントのようになびいている。由紀にとって、男はヒーローに見えた。由紀をかばうように背後を向けたまま、四つん這いのバケモノと対峙している。  笹野と新見が逃げていく。由紀は男の後ろ姿を凝視したまま立ち尽くしていた。
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