助ケビト

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 じゃあ、俺たちはいったい何を憎めばいい!  由紀は男に連れられて歩きながら、頭の中で男の言葉を反芻していた。「俺たち」ということは、彼も五年前に大切な人を魑魅魍魎に殺されたということだ。  なぜ彼はバケモノに取り憑かれなかったのか。なぜ彼はバケモノと戦う立場になったのか。なぜあんなに、苦しんでいたのだろうか。  知りたいが、彼はきっと自分のことを語りたがらないだろう。  悩んでいるうちに、村の外れまで来てしまった。 「ここへはもう来るな。あんたらのような存在が一番バケモノを刺激する」 「待って!」  立ち去ろうとする男の背中に向かって、由紀はたまらず叫んだ。相変わらず赤いマフラーが風でなびいている。 「教えてほしいの。五年前のこと、あなたのこと。あなたたちの悲しみ、怒り、負の感情のすべてを多くの人に知ってもらうために、私に記事を書かせてほしい」 「あんたらもバケモノと同じだ。人の弱みにつけ込む。あることないこと記事に書かれて大衆に晒された奴がどんな思いをしているか、考えたことがあるか。精神も身体も、ボロボロにすり減る」 「私は周りとは違う、弱い立場の人に寄り添う記事を書きたくて、記者になったの。絶対に、あなたたちを傷つけるようなことはしない」 「人がバケモノより怖いのは、口だけは良いように言うところだ」  男が去ろうとする。 「そのマフラー」  男は脚を止めた。この手を使いたくはなかった。なんの根拠もない憶測をぶつけて相手の反応を見る、記者の常套手段だ。 「そのマフラーは、五年前にここで亡くなった、恋人がくれたもの?」 「恋人じゃない! 娘だ!」  男が鋭い目で振り返った。その直後、男はまた苦しみ出した。  ふと直感がよぎった。男が苦しんでいる理由。今まさに、バケモノが男に取り憑こうとしているのだ。  由紀は一目散に駆け寄り、男の両肩を掴んだ。 「近寄るな!」  男は由紀を振り払った。由紀は尻餅をつく。  顔を上げた由紀は、目を見開いて固まった。  髪とマフラーが乱れて、男の顔があらわになっている。  男の顔の左半分が、バケモノのように爛れていた。
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