助ケビト

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 地獄の入り口のようなこの辺りが、五年前まで人が住んでいた村だったなんて信じられない。  すべて枯れた茶色と化した草木、乾いてヒビの入った地面。  確かに人工物があった形跡はある。足元には看板、遠くの方には家と思しき建物。しかし、巨大なロードローラーが通ったあとのように跡形もなく崩れ、木材は虫に喰われて腐っている。  薄暗い、冷たい空気。  今日は全国的に晴れと聞いていたが、車でこちらに向かっていると、この村の上にだけ分厚い雲がかかっている光景を目の当たりにした。  真上を見上げる。一寸の光の漏れも許さない黒雲。  ふと気配を感じて後ろを振り返る。  ……はあ、気のせいか。風の音が、誰かのひそひそ話に聞こえる。  気味が悪い。 「なになに〜、由紀ちゃん怖いの〜?」  班長の笹野は相変わらず面白がっている。怖がっている由紀にではない。ここが過去に多くの人間が命を落とした場所であることに興奮して仕方ないのだ。  五年前。それは人類の固定観念を木っ端微塵に打ち砕いた悲劇だっだ。  この世に神も幽霊もいない。非科学的なものはすべて人々の空想の中だけに存在する。そうだったはずのものが、実際に人々を殺し、この村を壊滅に追いやった。  この村には古くから、魑魅魍魎(ちみもうりょう)を封印していると言い伝えられていた(つぼ)があった。平安時代まで人々を苦しめていた悪霊や妖怪を、陰陽師が身を削って壺の中に封じ込めたんだとかなんとか。それはこの村の中心にあった神社で安置されていた。  五年前、肝試しという名目で数人の大学生グループが神社に忍び込み、意図的か不慮の事故か、壺を壊してしまった。ただの大学生が壺までありつけたのは、長年語り継がれるうちに、神社や村人たちの壺に対する信頼も薄れていったからかもしれない。  一夜にして、村は地獄に姿を変えた。  封印を解かれた魑魅魍魎は長年の憂さ晴らしのごとく人々を斬り散らし、建造物を更地に変えた。  魑魅魍魎がどんな姿をしていたのか、はっきりと見た者はいない。この世にいないという意味だ。  ただ、渦中の村を遠くから捉えた映像がある。  天へと繋がった、村を一飲みするほどの黒い渦。人々の凄惨な悲鳴に紛れて聞こえるのは、おぞましい笑い声。黒い渦に紛れて天に登っていくのは、破いた黒い紙切れのようなバケモノの群れ。  天に登ったあと、バケモノはどうなったか。消滅したとも言われているし、世界中に散らばったとの見解もある。事実かこの事件をネタにしたデマか、各地でバケモノの目撃談やバケモノによる事件が後を絶たなくなっていた。 『この写真のバケモノは本物か偽物か』 『この事件は五年前に解き放たれたバケモノの仕業か』  もうバケモノという言葉を聞き飽きた人は多いだろう。  ただ忘れてはならないのは、大学生のおふざけのせいで、ここで罪のない大勢の人がバケモノに惨殺されたという事実だ。 「五年前の事件がバケモノの仕業だったなんて、本当に信じてるんですか?」  カメラマンの新見が言った。ボリュームのある前髪で隠れた冷めた目で、物事を常に遠くから眺めているような風貌の青年。 「言っときますけど、俺は信じてませんから」 「相変わらず新見くんはそっち系の人だよね〜」  新見のように五年前の事実ですら信じようとせず、一連の事件をバカにするような者もいる。事実であることを証明できるのはあの映像くらいで、ほかはこの村には魑魅魍魎が封印されていた壺があって、その壺が壊されたという状況証拠のみだからだ。  笹野にとってバケモノが事実かどうかはどうでも良いのだろう。  大勢の人が無残に殺された。その犯人は封印を解かれた魑魅魍魎。この二つの恐怖さえあれば、永延に面白い記事が書けると目論んでいる。案の定、笹野は無精髭を掻きながら不気味な笑みを浮かべている。  こんな班に配属されたくはなかった。由紀はどんな事件でも被害者やその家族、あるいは加害者家族の気持ちに寄り添った記事を書きたくて、記者になったのだ。  新卒入社で半年。苦労して入った出版社だから、すぐに辞めるわけにもいかない。  この事件で亡くなった人、大切な人を失った人を弄ぶような報道や世間話は、いつになったらなくなるのだろうか。  由紀は視界をぼやかしながら思う。笹野が主導権を握っているこの班で、自分に何ができるのだろうか。 「早いとこ神社のほうへ行こうか。ここらは日が沈むと真っ暗になっちゃうからね〜。新見君、バケモノは信じてなくていいけど、それらしいもの見かけたらいっぱい写真撮っといてよね〜」
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