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更に輪をかけるような"扇動者"に関する報告があがる。
かの"扇動者"がこの帝国に足を踏み入れたというのだ。
これまで"扇動者"は他国を周遊していた。そして行く先々で影を残している。
影というのは例えで、その実物を視てもどう表現したらいいのか分からず私は便宜上、影と呼んでいる。
"扇動者"が帝国にいる間に他国の影のひとつでも解明できないかと、一番近場の影へと自家用車を飛ばした。
ハツネのことは気になるが仕方が無い。
"扇動者"の居場所も煙に巻かれて見失っている。
どちらも追えない。苛立ちばかりが募る。
願わくば"扇動者"がハツネに接触しないのを祈るばかりだ。
隣接する近場の国の名はプルヴァエンナ -紫鳥の国-。
この国も、かの"扇動者"の口車に乗って聖霊王国を攻撃した戦勝国である。
現在、独裁政権が続いており苛烈な政策に一般市民は苦しむばかり。内紛も間近じゃないかと噂されている国だ。
この国の影まで数時間。巨大な黒岩の塊が丘の上にそびえ立つ。
丘の下に車を止めて影まで歩いていく。こんなにも異様なものが丘の上にあるのに、この国の人々はこれに気づいていない。
だから周囲に人影は無い。おそらく世界中にある影もここと同じ状況だ。そこにあるのに誰も気づいていない。この恐怖をどう伝えればいいのか…。
感覚で知ることのできる私と姉にしか分からないだろう。
近くで実物を視ると中でなにかが蠢いているのが分かる。
その異常な様は気味悪く、おぞましい。
後にこれは聖霊の成れの果てだと、生き残りの聖霊様に教えてもらうのだが、この時は何が何だか理解すら出来なかった。
ただただ異常な感覚をビシバシと感じる。破壊すべきかどうかも判断に迷う。
とりあえず【感覚分離】で探ってみた。
まずは表在感覚の五感を開放して影に近づける。
それから皮膚感覚の圧覚、痛覚、冷温の温度覚、痒感。
表面が終わったら内部。深部感覚の関節覚 運動覚、位置覚、振動覚、深部痛覚を交えて平衡感覚も探る。
──この影は地中には埋まってないのか…。
中で蠢いているものは無造作に組み込まれてるだけ…まさか生きている?
もう一度、体性感覚のすべてと空間感覚を掴む二点識別覚と立体識別覚を展開。
どれかと感覚を繋げれないかやってみるが…無理そうだ。
全感覚を開放しても出来なかった。ここまでで一時間強。
はっきり言って、しんどい。
『ルーちゃん、それ以上は神経が焼けるわよ。やめときなさい』
「姉君…」
隣国まで【口】を飛ばすの御法度じゃなかっただろうか…。
そんな文句を言う余裕もないほど確かに神経は磨り減っていた。
「これは破壊できない。だが放っておくこともできない」
『そうね。だからと言って今何か出来るとも思えないわ。早く帰ってらっしゃい』
「出来ることは、ある…」
感覚を繋げれないままだと流石に無謀なので、どれか一つでも繋げれないか試すために黒い影へと左手を近づけた。実はこれ、あの怪物相手に使おうとしてた奥の手である。幸いにしてハツネが助けてくれたから使わずに済んだが、今はこの奥の手を使うべき時だろう。
「───ッ」
先程は感覚で触ることは出来たはずなのに、物理的に触ろうとしたら弾かれてしまった。
はめていた白手袋が焦げ、手の平まで火傷の痛みが広がる。
この痛みの感覚は邪魔だ。痛覚を無効にして再び接触させた。
バチバチバチッッ───!!!
飛び散る火花。無理やりにでもどれかひとつは感覚を繋げようと再び全感覚を展開する。
『やめなさい!ルークス!!』
姉の叫び声が耳に届いたが、それも無視。
感覚として響いてくる感情は悲哀・慟哭・絶望…。
繋げれるだけ感覚を繋いで、その全てをリバース。
ひっくり返してやった。歓喜・愉快・そして希望…。
途端に光が弾け、己自身も吹き飛ばされる。
…気づけば丘の上、仰向けに寝っ転がっていた。
雑草が辺りに茂っているからかなんか青臭い。
起き上がろうとしたが体中が軋んで動かん。これは…。
『お姉ちゃんの言うこと聞かない子は、また女の子に振られちゃえばいいんだわ』
「何言ってるんだ姉君…」
『あら?ルーちゃん気がついた?どの辺から?』
「今さっき…振られるとかかんとか…」
『本当にさっきじゃない。何言うこと聞かないで暴走してんのよ。そんなことばっかしてるとハゲるわよ』
「ハゲ…」
どういう思考回路してるんだこの姉は…。
おそらく目を覚まさないでいる間、あることないこと詰ってたんだろう。
あげくの果てが振られてハゲるである。失笑。
『笑ってないで立って。帰ってきなさい』
「はは…いやあ姉君それは無理だ。まだ動けん」
『じゃあいつまで寝てんのよ』
「いつまでだろうなあ…今何時かもわからん」
『もうすぐ夜12時よ…半日も目を覚まさないでまだ動けないとか…どうなってんのよもう』
半日も?しまった。ハツネを探す時間を半日も無駄にしてしまった。
半日あればどこの町にいるかくらい分かったかもしれないのに。
まだこの時の私は全力で探せばハツネは直ぐ見つかると楽観視していた。
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