ルークス・ブリュグレイ・オルデクス

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彼女の魅力はそれだけにとどまらない。 レストランで目にしたあの黒髪の艶やかさも、さり気なくカトラリーを操るあの上品さも、彼女の育ちの良さを体現するもの全てが私の目に眩しく映る。 そして何より交渉事に動じないあの態度…彼女なら我が姉にも屈せず対抗できるだろう。 「一般人でも女帝に謁見できる日がある。帝都に住む人々の声を直接聞こうと、初代皇帝陛下が始めたことだ」 「立派な皇帝陛下ですね。今も代々守ってるなんて、素晴らしい皇室づくりだと思います。私の国にも皇帝陛下がいらっしゃいますよ」 そう言ってハツネは故郷である国の政治形態について教えてくれた。二院制議会というのが興味深いな。それから選挙権というものも。 市民が政治に参加できる仕組みは素晴らしい。 …はて、そんな国がこの世界にあっただろうか…? ハツネの素顔が見たい。 そんな欲に駆られながら、どうにか次へ繋がる約束を取り付けようと、女帝との謁見を餌にしたわけだ。 この本音が姉にバレたら、人前でルーちゃん呼びを百回するという謎の行動をされそうだ。怖い姉である。 しかしそんな姉を上回る行動をハツネは実行した。 私の首に、罪人の印である囚人首輪を付けたのである。 魔法の才があるのも凄いことなのに、魔法を一瞬で解析して私の首に再現したことは最早神業だ。 これには驚いたが、それ以上に感動した。 私は皇族だ。女帝の弟として努力すべきことはしてきたつもりだったが、やはり身分の差で特別視されることも多かった。気さくなやつもいれば敬遠する者だっている。なんにせよこの私の首を縛った人間は彼女が初めてだ。 この喜びをどう表現したものか…。 ハツネの表情を見る。フードに覆われて全面は見えないけれど、その赤く色づいた唇は魅力的で美味しそうだ。 腕に力を込めて彼女の細い腰をぐっと寄せる。【感覚分離】でフード下を覗いて私は微笑ましく思った。そんなに睨んでも可愛いだけだ。 彼女の唇に口付けた。柔らかい。 今までに経験したどの口付けよりも甘く、心が震えた。 ハツネは抵抗していたが、もっと味わいたくて舌を入れてみる。だが拒まれる。 必死なハツネも可愛くて、つい何度も舌先でつついたけれど開けてはくれそうにはなかった。こじ開けることもできたけれど、まあ、焦らずまたの機会にでも深い口付けを堪能しよう。 女帝の謁見まで待つつもりはない。そういうチャンスは自らつくるものだ。だから【感覚分離】で【目】を付けた。これだけではスムーズに会えるか心配である。 ついでに連絡先を訊いたが「首に魔力流す」と脅される始末。 それやったら首斬れて私は死ぬだろ。冗談なのか本気なのかいまいち判断つかない。 だが彼女に付けた【目】は確実に彼女の表情を見通している。 頬が気色ばんで耳まで真っ赤だった。心なしかの喜色を見つけて私は安堵する。 口ではああ言うが完全な拒絶はされてないようだ。 焦らずにじっくり彼女との距離を縮めよう…と、この時は思っていた。 けれど事態は一変する。ハツネは【目】の届かない場所へと行ってしまったようだ。 そんな場所あるのか?今までに無い経験で焦る。 感覚を飛ばすというスキルは生まれながらの固有スキルだから失敗するということ自体が有り得ないのだ。 それこそ呼吸をするように自然と出来てしまうものだったから…ハツネを追っていたのに突然途切れた視界に私は血の気が引いた。
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