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それから、数ヵ月が過ぎた秋の日曜日のことだった。
実家のチャイムがピンポーンと鳴った。
「ちょっとお、ワタル!今、お母さん忙しいから、代わりに出てくれる?勧誘だったらドア開けなくていいから」
「へいへい」
夕飯作りで忙しい母に代わり、リビングでくつろいでいた僕が腰を上げた。
玄関に続く廊下に一歩踏み出したところで、静電気ではないが、ピリリと何かが身体を貫いていった感じがした。
「ん?何だ・・・・・・この感じ」
空気が変わる。
澄んだ、甘い匂い。
いい意味で青臭い、森林に飛び込んだような、爽やかな、懐かしい香り。
地球上にこんな空気を醸し出せることの出来る人間なんて、会ったことがない。
宇宙中探しても、一人だけだ。
「・・・・・・まさか」
ドクン。
心臓が、急速に高鳴る。
「なあに?急に走って。友達?勧誘なら・・・・・・」
廊下を一心不乱に駆け抜け、僕は勢いよく玄関のドアを開けた。
そこには、一昔前の割烹着を身にまとった金髪の少女がいた。
豊かな長い髪は、黒柳徹子ばりに盛って上に集めてある。
声を出すのが、やっとだった。
「チセ・・・・・・」
「久しぶり。その・・・・・・ふっ、ふっつつかもの、ですが、よ、よろしくお世、お世話します」
「きゃはははは!なあに、その子ーーー!」
僕の様子を奇妙に思ったのか、台所から家事の手を休めて出てきた母が、チセを一目見るなり爆笑する。
しかも変な挨拶の言葉だ。
頭に響いてくる言葉じゃない。
チセは世界でも難解と言われる日本語を、一生懸命覚えてきたのだ。
そしてその格好、頭の形からして、いつの年代かは分からないが、資料を取り寄せ、日本の文化を勉強してきたに違いない。
僕の、僕のために。
「・・・・・・チセ」
緊張してカチンコチンになっているチセを、問答無用に胸に引き寄せる。
もう離さない。
離れない、ずっと。
僕の突然の抱擁に、チセよりも背後にいた母が仰天していた。
腰を抜かした母は、奥の書斎にいる父に向かって、奇声を上げながら這っていく。
「・・・・・・大丈夫、なのか?」
母の狼狽ぶりを心配し、不安そうに僕を見上げるチセに、僕は微笑みつつ、黙って頷く。
大丈夫。全て最高だ。
君が来たからには、もうこれからは、
僕にはもう、幸せな未来しかない。
《終わり》
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