459人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ
そんな考えは、強引にねじ込んだ瞬間に耳を劈いた悲鳴に、余すところなく掻き消された。
「……うぁッ、ぃ、痛……ッ!!」
……痛い?
刺すような悲鳴が耳を劈き、茹で上がった頭が真っ白になる。無理やり押し進めていた腰が、反射的に動きを止めた。
真下に覗く諏訪部の顔を呆然と見つめる。両目からぼろぼろ零れ落ちる涙と、血の気の引いた唇と、シーツを握り締めすぎて白くなった指先が、順に視界に映り込む。
興奮と酩酊感が、一気に冷めていく。
「……あ……」
涙目を見開いた諏訪部と目が合う。
微かに震えて見えた。唇も血の気を失ったきりで、歯がカタカタ鳴り出すのではと心配になるほど震えている。
この真夏だ。
いくら空調が効いているとはいえ、寒いわけはない……もしかして、こいつ。
「あ……違うの。ほら、その……雰囲気って、いうか」
たどたどしい言葉は、大粒の涙のせいで碌な説得力を持っていない。
半端に入り込んだ屹立を引き抜くと、白い大腿を染める赤い血がわずかに覗き、ぐらりと眩暈がした。
タクシーに乗り込もうとした俺の手を引いたときの、寂しそうな横顔。
ホテルの名前を運転手に告げたときの、強張った手のひらの感触。
困惑しきった顔、途中から貫いていた無言。
慣れていない感じしかしない、つたないキスの応酬。
頭が揺れ、自分がやらかしたことの意味にようやく思い至る。
「……なんで言わなかったんだ」
「な、なに?」
無理に笑おうとして引きつった諏訪部の顔が、胸の奥を軋ませる。
床に脱ぎ捨てたワイシャツを拾い上げ、そっと羽織らせた。震える肩を抱き寄せると、諏訪部はあ、と小さく声をあげる。
「怖かっただろ。初めてならそう言えば良かったのに……馬鹿だな」
違う。馬鹿は俺のほうだ。
諏訪部は何度も言っていた。待って、と。
震えの理由は、痛みだけではなく、恐怖もあったのだろう。
壊れる寸前まで沸き立っていた頭も、昂ぶりも、水でも被ったように熱を失っていく。
「……だって……」
――信じて、もらえないかなって。
くしゃりと歪んだ諏訪部の顔は、それ以上見ていられなかった。華奢な身体を抱き寄せていた腕に、無意識に力がこもる。
乱れた髪を梳くと、呻きに似た嗚咽が聞こえ、肩に生ぬるい液体が触れる。その正体は考えなくてもすぐに理解できてしまい、自分の行動がどれほど諏訪部を傷つけたのか、その後悔ばかりが延々と頭を巡る。
「……ごめん」
……ごめん、じゃねえよ。最悪。
降って湧いた強烈な自己嫌悪の中、俺は、小刻みに震える身体をただ抱き締め続けるしかできなかった。
最初のコメントを投稿しよう!