■ 金曜日 2 ■

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 幼なじみってどんな人?と瑞輝に聞いたら、瑞輝はちょっと考えてから「バスケ部」と答えた。  その答えにはまた笑ってしまったが、「うちの高校の?」とチョコはバスケットボール部の女子を思い浮かべながら言った。幼なじみというほど親しげな相手はいなさそうだけど。 「南高に行ってる」瑞輝は少し寂しそうに答えた。「頭がいい」  ブツブツと切れる言葉の合間に、彼女への気持ちが入り交じっているのを感じてチョコは切なくなった。 「渡瀬さんも南高に行けたよな、頭いいから」  そう言われてチョコは微笑んだ。「私は料理クラブがあるからこっちに来たかったの。製菓学校に行くつもりだし。それにうちの学校は三年生になったら外国語の授業がフランス語も選択できるから」 「へぇ」瑞輝は全く思ってもいなかった答えをもらったような顔をした。「先のこと考えてんだ」 「北高はちょっと変わった校風だから遠くから来る子も多いんだよ」 「俺はあそこしか行けなかったからな」  瑞輝はクッキー型を眺めながらボソッと言った。「何だこりゃ」とクッキー用スタンプを見る。 「クッキーを焼く前にはんこみたいに押すの。それから焼くと、こんな感じに」チョコは近くに貼ってあるサンプルの写真を見せた。 「へぇ」瑞輝は楽しそうに他の柄を眺めた。  バスケ部だったらスポーツ関係のものでもいいんじゃないかなとチョコは思った。瑞輝はチョコが行く方向へ何も言わずについて来る。 「どんな感じの人? ボーイッシュな感じとか、ロマンチックなのが好きとか、ファッションとか部屋とかでイメージない?」 「部屋なんか見たことない」瑞輝が照れるように言ったので、チョコは笑った。  瑞輝はそれでも懸命に考えているようだった。「そうだな、強気だけどホントは犬が怖い」  チョコはまた笑った。そんな情報はいらないんだけど。 「昔から高い音が好きだ」 「え?」チョコは唇を奮わせながら瑞輝を見た。何それ。 「トライアングルとかオルゴールの音が好きだ」  チョコは笑った。どんな女の子なんだろう。 「カウベルの音が好きなのかもしれないな。家が喫茶店だから」 「ああ、そうなんだ」  チョコは瑞輝が彼女の好きなものを思いだしてはポツポツと言っていくのを聞きながら、自分は何をしてるんだろうと思いはじめていた。だんだん苦しくなってくる。  店内に音楽が流れはじめた。九時前だ。閉店が近い。 「入間君」と声をかけると、瑞輝はうなずいて店を出た。結局やはり何も買わなかった。  駅までの短い間は、チョコがパン屋のバイトはどうだったと聞いたので、その話になった。瑞輝はものすごく面白かったと言った。  アーモンドプードルの他に、パン屋でもらったというあんパンもくれた。  改札を通るまで彼は見送ってくれ、チョコは急いでホームへ行った。  幼なじみが好きな映画の話になったときに、私は「地下鉄のジジ」とか「アメリ」が好きなんだ。ってどこかに忍び込ませたら良かったなと思った。  確かに今日の入間君は、パン屋さんのいい匂いがした。  そんな話をしたの、と電話で京香に言ったら、京香はやっぱり呆れていた。 「あいつ、本当に鈍感っていうか…バカね」  チョコは笑った。「何だかすごく…悲しいとは違うの。嬉しいのでもないんだけど、好きな人が好きな人の話をしてるのって、ものすごく…何て言うんだろう。切ないんだけど、幸せっていうか」 「お人好しだもん、チョコは」京香は言った。「そういうところがいいんだけど。女の子って感じ」  チョコはううんと首を振った。京香には見えないだろうけど。 「入間君、照れ笑いすると、すごくかわいいんだよ」 「えっ」京香は顔をしかめた。「あの仏頂面が?」 「だからいいんだよぉ」 「そうぉ?」京香は疑わしそうに言った。 「うん。入間君って右は睫毛も金色なんだよ。横から見たらものすごくきれいなの。時々見とれちゃって」  京香は微笑んだ。チョコはきっとものすごく赤くなってるんだろうなと思う。  恋をする女の子はかわいくなるっていう。  ホントだなと京香は思った。チョコは今、ものすごくかわいい。
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