■ 土曜日 3 ■

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■ 土曜日 3 ■

 晋太郎の家を作っている棟梁が、スポーツセンターのお社を修理するというので、瑞輝は二週間ぶりにスポーツセンターに足を運んだ。何の用もないと行きにくいので、棟梁に何か手伝わせてくれと言ったら、お社だし神様にご挨拶しないといけないから当然来てもらわないと困ると言った。  え、神事かよ。瑞輝は戸惑ったが、まぁ仕方ない。  白衣に水色袴でメタリックブルーの自転車で行った。ちゃんとした宮司がいるんじゃないかと言ったら、晋太郎は別のところの地鎮祭に行くから無理だと断られた。用具だって向こうが全部持っていった。予備がないわけじゃないが、瑞輝は祝詞を唱えられるわけではない。祝詞は別の人がやって、いつもは何かを奉納するだけだ。  一応、紙垂をつけた祓串は持って来た。それを振って誤摩化そうと思った。  やはりスポーツセンターに近づくと、少し緊張した。きっと顔を知られているだろうから何を言われるかわからない。やっぱり晋太郎が来るべきだったんじゃないかと思ったが、もう仕方なかった。  棟梁と合流し、スポーツセンターの理事長とセンター長代理が儀式に立ち合うことがわかった。 「それはヤバいっすよ。俺、祝詞言えないし」 「お経みたいに読むだけだろう?」棟梁は笑った。「大丈夫、兄ちゃんならできるさ」  いやいや。瑞輝は息をついた。クソ、だから晋太郎が家を出る時に例文集を放り投げて来たのか。 「ちょ、じゃあコレだけ教えてください。ここの神様、何て読むんすか」 「んあ?」棟梁は耳の上をぽりぽりとかいた。『那維之神』と書かれた札を見る。「昔は、ないさんって呼んでたかなぁ」 「何の神様すか」 「そりゃぁ兄ちゃんの方が知ってるだろう」 「知らないから聞いてんだよ」瑞輝は眉を寄せた。ゴツンと拳骨が落ちて来る。 「兄ちゃんは威勢がいいのはいいが、神さんにもそういう言葉使いしてんのか?」棟梁は笑っていた。 「神さんは言葉自体がおわかりにならないんすよ」  瑞輝はムスッとして社を見た。そしてため息をつく。棟梁はそうかと笑う。それはラッキーだったなと。  ラッキーじゃねぇ。 「祝詞なんて、そこにいる人に聞かせるもんで、神様が評価してんのかどうかは謎だな」 「兄ちゃん、そりゃぁ神様にも宮司さんにも怒られらぁ」棟梁は大笑いした。  笑い事じゃねぇんだって。  神事の準備を進めながら瑞輝はどうやって誤摩化そうか真剣に考えていた。  スポーツセンターの理事長とセンター長代理がやってきて、瑞輝を見てギョッとした顔をした。瑞輝も同じ気持ちだったが、澄まして前を向いたままでいた。クソ、晋太郎め。
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