■ 土曜日 3 ■

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 瑞輝だって生後一ヶ月から神社に暮らしている。じいちゃんや晋太郎と何度もいろんな神事に関わって来た。それから伊藤氏に連れられて各地の変な神事にも関わって来た。十七年間だ。簡単なお社の修理祈願ぐらいまねごとでできる。問題は、神様が応えてくれるかどうかだ。  瑞輝は祝詞を唱え、祓い儀式を進める。  社を壊しちゃったのは俺じゃねぇけど、俺もちょっと関わってた。ごめんな。まぁ言ってみればあのとき、俺はかわすべきじゃなかったんだよな。そしたらゴルフクラブで殴られてたのは俺で、お社じゃなく、野口氏は俺を殴った事で動転してその場を離れて事件は起こらなかった可能性もある。でもまぁ終わっちゃったことはしょうがないよな。元に戻せねぇんだし許してくれよ、な。今日、棟梁が修理してくれるって言ってっからよ。  瑞輝は『ないさん』に乞う。『那維之神』はむくりと顔をもたげる。瑞輝はじっと視線を社の方に止め、体も動きを止めた。  ありゃ?と棟梁は瑞輝を見た。兄ちゃん、台詞でも忘れたか?  しかし瑞輝を見てそれは違うと察する。瑞輝は真剣な顔で中空を見ている。  スポーツセンター側のゲストも、棟梁の部下二人もどうしたらいいのかわからず、中断した神事の行方を見守る。棟梁は部下にうなずいた。大丈夫だ、兄ちゃんはちゃんとやれる。部下が落ち着くと、隣のスポーツセンター側も落ち着いた。そうか、これは儀式として普通なのだなと思う。だいたい、こんな社の修理の儀式に参加したことがないからわからない。  横からの突風に押されて、瑞輝は吹き飛ばされまいと足を踏ん張った。  わかってる。瑞輝は空を見た。それから地面を見る。こっちか?  足元が揺らぐ。ちょっと待った。足元をすくうってのは反則だ。俺は飛べない。  小さい竜巻に囲まれているみたいだ。パタパタと袴が風になびく。  突然足元が崩れた。地面が割れて真っ暗な深い地の底に吸い込まれる。  これは。前に見た。先週、山の中で洞窟に閉じ込められた後に見たのと似てる。二度目だからって恐怖感は変わらない。どこまで落ちて行くんだ。今回は伊藤さんはいないし。ガツンガツンと割れた岩が当たる。痛い。頭が下になり、そこに上から落ちて来た岩が当たる。死んじまう。もう遠くなった地表で誰かが覗いている。怯えた顔が小さく見えた。目の前が真っ暗になる。 「大丈夫か、兄ちゃん」  揺り起こされて目を開くと頭がガンガンした。吐き気もする。 「すごい風じゃったな。兄ちゃんは軽いから飛ばされたんだ」  棟梁は辺りを見た。瑞輝は吐き気を堪えながら視線を泳がせた。確かに。社のそばにあった若い細い木が一本ボキリと折れている。社は上半分が半壊しており、神事に使っていた物や近くにあった石ころが飛ばされていた。そのいくつかが当たったらしい。 「お客さん、大丈夫ですか」瑞輝は頭を押さえながら後ろを見た。スポーツセンターの二人は大きな木のそばに避難していた。棟梁の部下も一緒だ。賢明な判断だと思った。  瑞輝は社を見た。目に汗が入って見にくい。と思って拭ったら血だった。ああ、痛いはずだ。しかし何とか祓串を拾い上げて社に振り、儀式を終える。頭がクラクラしたが、神様にお礼だけは言っておかなきゃいけない。 「神さん、怒ってないかい?」  心配顔で棟梁が聞いた。瑞輝はうなずく。 「怒ってない。社の向きを変えた方がいい。それで、この折れた木は悪いけど抜いちゃって、こっちに小さくていいから鳥居を」  瑞輝は額に手を当てながら言った。 「その方が自然に流れる」 「土台はそのままでいいのかい?」棟梁が聞いた。「上だけ変えるって失礼に当たらないのかい?」 「それ言うと、もう最初からおかしくなってるから」瑞輝は石畳の方を見た。「元々はあそこにあった。勝手に都合でこっちに変えたんだから、動いた分、そりゃ不都合だってある。天秤が釣り合おうとしてるんだ」 「天秤なぁ。さっぱりわからんが、俺たちの仕事は社をこっち向きに作りゃいいってことだな?」  棟梁は石畳の方を指差した。 「そう。こっちからの風を受ける」瑞輝はじっとその宙を見た。 「作ってる最中にまた吹き飛ばされるってことはないだろうな?」棟梁は若い奴らに怪我させちゃマズいからなと付け足した。 「今までだって、他の人は怪我をしてない。こっちに新しく社を建てた人も大丈夫だ」 「でも野口ってセンター長は…」棟梁は遠慮気味に言った。 「あれはまた別」瑞輝は肩をすくめた。「俺も別」 「ならいいけどよ」棟梁は困ったように瑞輝を見た。
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