■ 日曜日 3 ■

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■ 日曜日 3 ■

 どうせなら学校がある日に倒れたかった、と言うと、晋太郎は冷たく「バカか」と言った。  ハンドルが当たったせいで肋骨が一本折れたらしい。でもあとは打撲だけで済んだ。猛スピードで自転車で用水路に突っ込んで田んぼに落ちたわりには怪我が少ないとクマは言った。クマみたいな医者だ。自分はクリスチャンだから日本の神様の呪いは効かないと言っているが、聖書の言葉を引用したためしもなく、胸にロザリオもつけていない。だから怪しいと瑞輝は思っている。  第一、俺は神じゃない。龍憑きだ。 「まーた警察には事故って言ってんのか?」  クマ医者の梅沢は看護師の書いた体調カルテを見ながら、呆れて言った。  瑞輝は小児科医を見る。 「俺はいつまで小児科医に見てもらわなきゃなんねぇのかな」 「ははは、成人するまでかなぁ。成人しても、内科や外科が嫌だって言ったら、こっちに回されるかもなぁ」 「患者を選ぶような医者は最低だな」 「そうだな」梅沢は深く同意した。  瑞輝はフンとパジャマの前ボタンを止めた。 「で、警察では事故扱いなのか?」梅沢は少し不機嫌そうに言う。この子が関わると、どうも地元警察は捜査意欲を失うようで、どうせどこかで恨みを買ったんだろうとすぐに事故として終わらせようとする。もちろんそんな警官ばかりではないが、上にそういう考え方の者がいると、下からは意見できない仕組みに警察というところは出来ている。大学病院なんかと同じ構造だ。 「っていうか、何も聞かれてない」瑞輝は壁に枕を置いて、そこにもたれた。途中で胸が痛むので顔をしかめたが、体重を後ろに預けてしまうと痛みは引いた。 「聞かれなくても言うんだよ。後ろから車が突っ込んで来たって」梅沢は眉をハの字にした。 「突っ込まれるようなことをしたんだろう、って言われるだろ。ムカつくから言わない」 「世の中にはいい警察官もたくさんいると思うんだけどなぁ」 「みんな仕事だからさ。しょうがねぇよ。クビになったら家族が困るし」 「君は疲れたサラリーマンみたいなこと言うんだな」 「先がだいたい見えてんのは似てるな」  瑞輝は病室の天井を眺めながら言う。 「どんな?」梅沢はガーゼでツギハギしたような瑞輝の顔を見る。昨日の夜、黒岩神社からこの子の年配の義母が来たときは、彼女が失神するんじゃないかと思ったが、気丈な人だった。梅沢は何度かこの子の家族に会っているが、義兄にしろ、義母にしろ、彼の周りの人間は誰もが強い。何年か前にこの子が小規模な土砂崩れに巻き込まれて脇腹に穴を開けた時も、彼らは冷静だった。それは冷たいとかそういう感じではなく、この子が必ず自力で回復すると信じている強さだった。 「俺は神社にメッシボーコーってヤツ。好きな事なんか全然やらせてもらえねぇ。彼女も勝手に作んなとか言う」  梅沢は目を丸くした。「神社ってそんな厳しいのか?」 「他のとこは知らねぇ。俺はそう。何でもケチがつく」 「気の毒に。まだ高校生なのに」 「高校は行かせてやってんだって。偉そうに」 「あのお兄さんがか?」梅沢は患者の義兄を思い出す。真面目そうでそんなことは言いそうにないのだが。 「晋太郎じゃねぇ。別の。雇い主みたいな人。違うな、あれは飼い主だな。俺の事は犬かなんかだと思ってんだよ」  怪我をしたわりには、瑞輝は元気だった。いつでもそうだと梅沢は思い直す。この子の回復力は研究に値する。それが気味が悪いと他の医者に敬遠される理由にもなっている。 「晋太郎はちゃんと行けって言う。嫌なら神社の仕事もしなくていいって。そういうわけにいかねぇだろっての。あんな優しさはいらねぇ。どうせ道は決まってんだ」  梅沢は苦笑いした。優しくしたら優しくしたで文句を言われるのか。 「もう退院できる?」  瑞輝がツギハギだらけの顔で言う。  ノーと言いたいところだが、病院側としても治療の必要のない患者を置いておく理由はない。ここはホテルじゃないのだから。梅沢は首をすくめた。 「そうだな、特にやることもないしな。でも骨が折れてるんだから、安静にすること」 「骨なんか三日でくっつくって」 「他の奴が言ったらはり倒すところだけど、君ならそうかもしれないな」 「おう、化けもんだからな」  瑞輝は笑った。  コンコンとノックの音がして、瑞輝と梅沢はドアの方を見た。
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