■ 日曜日 3 ■

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「眉毛が似てる」  伊瀬谷はそう言われて、一瞬戸惑い、それから自分の眉に指で振れた。 「娘と、か」 「息子には会ったことがない」  伊瀬谷はフッと笑った。「息子はいない」 「性格は似てない」瑞輝は横に置いてあった服を手を伸ばして取った。「着替えてもいいですか」  伊瀬谷はうなずいた。「席を外そうか?」 「別に」瑞輝はそう言ってからシャツのボタンを外す。「でも初めて見るとびっくりするかもしれない」  瑞輝は上の服を脱いだ。  伊瀬谷はその右腕にうねるように蛇が巻き付いているのを見た。これは今までにも何度も見ている。蛇のような痣だ。しかしそれは背中を回り、腹まで縛り付けていた。瑞輝はTシャツをかぶって着る。腕を大きく動かすたびに、顔を歪めた。そして着替えの最後にやっぱり胸を押さえた。  瑞輝は続けて下もジーンズに履き替えた。肘や膝にも手当の痕があって、絆創膏があちこちに貼ってあった。 「気味悪いだろ」着替えを終えて着ていた服を畳み、枕元に置いてから瑞輝は言った。 「いや」伊瀬谷は答えた。「噂には聞いていた」  瑞輝はふうんと自分の手を見た。 「実際に見ると、嫌がる人の方が多いんだ。俺もしょうがねぇから付き合ってるだけで、ホントは好きじゃない。こんなんじゃ彼女もできない」 「見た目を気にしない子もきっといる」伊瀬谷はなんとなく励ましたくなって言った。  瑞輝はそれを聞いて笑った。「そうだよな」 「お家の方は何時に来るのかな」伊瀬谷は時間を見て言った。 「家の人は来ない」 「ん?」伊瀬谷はわずかに眉を寄せた。 「代わりの財布が来る」瑞輝は靴を履いた。「もう来る」  伊瀬谷はドアの方を見た。数秒待って、それから瑞輝を見た。瑞輝がドアの方を見る。「来た」 「なんで日曜におめぇなんかの子守りをしねぇといけねぇ…んだ?」  ドカドカとやってきてドアを乱暴に開いた泰造は伊瀬谷を見て唾を飲み込んだ。なんだこいつ、敵か。と身構える。それを察した伊瀬谷は背筋を伸ばし、泰造に向かって深く礼をした。 「波賀野署の伊瀬谷と申します。入間君は娘と同級生で」 「取り調べに?」泰造は不審そうに伊瀬谷を見た。 「いえいえ。お見舞いです」 「え?」瑞輝が驚いて伊瀬谷を見た。「見舞い?」 「はい」伊瀬谷はうなずいた。 「見舞いは終わりました?」泰造は伊瀬谷に尋ねた。  伊瀬谷は瑞輝を見た。瑞輝は窓の外に顔を向けていた。雨が降っている。 「はい」と伊瀬谷は答えた。  泰造はそれを確認すると病室に入って来て、横を向いている瑞輝の頭を叩いた。カクンと瑞輝の首が揺れる。  伊瀬谷は少しドキリとした。少年は頭にも包帯を巻いている。しかし迎えに来た男はそれを全く気にしていないようだった。 「瑞輝、退院金、払って来てやったぞ。退院だ」  泰造は瑞輝の横に立って窓の外に目をやった。雨だ。特に何と言うこともない雨だ。窓の上の庇から雨粒がぽたりぽたりと落ちる。少し離れたところにある木の枝も雨に打たれてかすかに上下している。瑞輝が何を見ているのかわからなかったが、泰造はその景色をじっと見た。  伊瀬谷もそちらに目をやった。
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