■ 日曜日 3 ■

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「台風が近づいてるんだ」泰造が言って、瑞輝は数呼吸置いてから泰造を見上げた。泰造は視線を瑞輝に戻す。  瑞輝はまた外を見た。「揺れてるよね」  泰造は全身の感覚を止める。揺れてるか?「いいや、揺れてない」泰造は答えた。  瑞輝は続いて伊瀬谷を見た。伊瀬谷も首を振る。揺れてるとは思えない。 「おまえ、事故のときに頭を打ったんだろう? ちゃんと精密検査してもらったか?」泰造は瑞輝を見た。 「もうちょっと寝ていた方がいいんじゃないでしょうか」伊瀬谷も言った。 「俺が揺れてるんじゃない」瑞輝は二人を見た。「俺の外が揺れてるんだ」 「一緒だろう」泰造は呆れるように言った。「とにかくちょっと座ってろ」  瑞輝はベッドに戻され、迷惑そうに二人を見た。そして梅沢が呼ばれた。  脳震盪を起こしていたのでちゃんとスキャンを撮って検査したという説明を梅沢がした。瑞輝はぼうっとそれを聞いていた。途中で一度だけ「俺が揺れてるんじゃないんだって」と言ったが、泰造に黙っていろと言われて黙り込んだ。  伊瀬谷は迎えに来た男と医者が専門用語でいろいろと話し出したので、会話についていけなくなった。どうやら迎えに来た男は医者らしい。二人は熱く語り合っている。  伊瀬谷はベッドに腰掛け、大人しくしている瑞輝の横に座った。ギッと音が鳴って、伊瀬谷は思わず腰を浮かしかけた。それを見て瑞輝が小さく笑った。確かに調子が悪そうな顔はしていない。 「君は本当にそれでいいのか?」  伊瀬谷は瑞輝と同じように、ベッドから窓の方をじっと見て言った。窓ガラスに当たった雨が集まっては下に流れていく。「罪を犯した者がそれを償わずに放置されていくことがいいことだとは思えない。この町のためにも」  瑞輝は窓から視線を伊瀬谷の横顔にやった。 「けど警察が事故って言ってんだから事故なんだろ」  伊瀬谷は視線を落とした。「残念だ」 「俺が生きてる間は、全部事故だよ」 「残念だ」 「そうかな」瑞輝は目を伏せた。「それで日丘が平和ならいいんじゃねぇの」  伊瀬谷は静かに息をついた。「しかしそれは公正じゃない」 「公正も公平もないんだよ」  伊瀬谷は思わず笑う。「それは聞き捨てならないな」  瑞輝は伊瀬谷を見た。「ああいうのは天秤みたいなもんで、どっちに自分が乗るかが違うだけで、結局放っとけば釣り合ってんだよ。正しくしようなんて思うと偏るだけでさ。ゆらゆらしながらバランス取ってる」 「それが揺れてるってことかな?」伊瀬谷は外を見た。 「違う」瑞輝は申し訳なさそうに言った。「今言ってるのは、ホントに揺れてる。時々、あるんだ」 「時々?」  瑞輝はうなずいた。そして大きく息をつく。「言うと怒られる」 「誰に?」伊瀬谷は尋ねたが、瑞輝は何も言わなかった。  医者たちの話し合いが終わり、泰造が「まだ揺れてるか」と聞くと、瑞輝は首を振った。
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