■ 日曜日 3 ■

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 伊瀬谷はそれが嘘だと思ったが黙っていた。怯えているというのではないが、瑞輝は明らかに何か飲み込みにくいものを飲み込んでいるようだった。  結局彼は退院することになったようで、医者に礼を言って病室を出た。  伊瀬谷は彼らを玄関まで見送った。迎えに来た男が車を寄せるというので、玄関の屋根の下で瑞輝と一緒に彼の車を待った。 「私はまだ納得してないよ。事故で終わらせていいとも思えない」  伊瀬谷は押し黙っている瑞輝に言った。  瑞輝は伊瀬谷をじっと見た。「俺を轢こうとした人はきっと今、怯えてるよね。祟りが返ってくるんじゃないかって。俺が死ななかったから」 「加害者の心配か?」 「心配はしてないよ。罰はもう受けてんじゃないかって思ってるだけ」 「違うな」伊瀬谷は静かに言った。「警察は罰を与えるために逮捕するんじゃない。被害者も加害者も救済するために逮捕するんだ。間違いを認めて二度としないと誓うことが大切なんだ。事故で終わらせたら誰も救えないぞ」  瑞輝は伊瀬谷を評価するようにじっと見て、それから泰造の車がやってくるのを見た。 「俺はいいヤツじゃないから、救ってやりたいなんて思ってねぇよ」  伊瀬谷はうなずいた。「罰を与えて満足もしてないだろう?」  瑞輝は笑った。「大満足だよ」  伊瀬谷は瑞輝が迎えの車に乗り込むのを見送った。助手席に座った瑞輝は一度も伊瀬谷を振り返らなかった。  轢こうとした相手については、瑞輝の自転車についていた白い塗料や、いくつかの目撃証言との照合で、行方不明になっている少女の父親であることがわかっていた。車両の損傷も確認され、本人も事故を起こして怖くなってその場を立ち去ってしまったと証言しているらしい。しかし、そう人口密度の高くない田舎町で、偶然我が子を殺害した犯人と目されている少年と接触事故を起こしてしまうなんて不自然を信じろと言うのだろうか。そんな嘘を誰もが平気でつく町が平和だと言えるのだろうか。  あの子も苦しそうな顔をしていたのになと伊瀬谷は息をついた。
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