■ 日曜日 3 ■

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「よし。意見が合ったところで、暇つぶしにおまえをからかおう。マカロン姫とはどうなった?」  瑞輝は少し考えた。 「それより泰造に聞きたい事がある」 「恋の悩みか?」  瑞輝は首を振った。「違う」 「だったら真剣に聞かないがいいか?」泰造はクッキーをぱくりと食べた。  瑞輝は笑ってうなずいた。「いいよ。スポーツセンターで俺がセンター長に殴られたとき、もう一人いた。その人が誰かわかったんだけど、どうしようかと思って」 「どうにでもしろ」泰造は面倒そうに言った。  瑞輝は少し考える。 「もう一つ。聞きたいんだ」 「恋の悩みか?」 「違う」  泰造は肩をすくめる。「つまんねぇな。恋の話をしようぜ。中指姫とはどうなったんだ」  瑞輝は少し考えたが、すぐに小さく首を振った。 「昨日のこと、警察にちゃんと言ったほうがいいのかな」 「なぁ、瑞輝、そんなことよりも大事なことがあると思わないか? おまえ、高校生だろう」 「勉強?」 「バカか。恋だろうが」 「泰造、ちゃんと聞いてくれよ。俺は昨日殺されかけたんだぞ」 「冗談言うな。おまえは人類が全滅する夜に一人で立ってる奴だ」泰造は胸を張って言う。そうは思うが、まぁかわいい瑞輝が悩んでいることだし、ちょっとは耳を貸してやろうと思い直す。 「警察を当てにしようと思ってんのか? あいつら轢き逃げ犯も見つけられねぇんだぞ」 「やったのは、行方不明の女の子の家族なんだけど…」  泰造はぴくりとこめかみを動かした。 「そりゃ逆恨みってぇ奴だ。おまえは女の子の持ち物を家族に返した恩人だ」 「事故でって話はついてんだけど、警察の人にそれじゃ駄目だって言われたんだ。そりゃ俺だって事故っていうよりはちゃんと謝ってほしいけどさ」 「警察が調べてくれるかぁ? おまえが女の子殺したなんていう噂の元は警察じゃないのか?」 「さっきの伊瀬谷さんって人は、信用できる。この前も家まで送ってくれたし、話を聞くって言ってくれる」  泰造は黙っていた。瑞輝が信用できると言った人物を全て信用していたら、世界中を信じることになる。 「スポーツセンターの夜に見た相手ってのは誰なんだ」  泰造は諦めたように息をついて言った。瑞輝は少し嬉しそうに顔を上げる。 「名前は知らない。目の悪いジイさん。うるさい鶏がいた家の」  泰造は少し考え「池本さん」と思い当たる名を言った。 「名前は知らない」瑞輝はもう一度言った。「あのとき、後ろから人が来たのがわかるのが遅れた。それでわかったときには思ったより近くにいたからびっくりした。あれは俺が見られてなかったからだ。視線を感じなかった」 「目が見えないから?」  泰造が補足質問をすると、瑞輝はうなずいた。 「あの人が白杖で殴ったってのか? ゴルフクラブ振り回してる人間を?」  泰造は首をひねった。しかもあの老人は目の他に、耳も少し悪いし、肝臓も良くない。暴れ回る体力があっただろうか。昔気質の人だから気骨はありそうだが、人を殺そうと思ったら精神力で何とかなるものでもない。 「殴ったとは言ってない。あの夜、見たっていうだけ」瑞輝はそう言って泰造を見た。「だから警察に言った方がいいかどうかわからないんだ」 「瑞輝」泰造は腕組みをして考えていた顔を上げて、友人の義弟を見た。こいつは龍憑きだって言われてる。で、実際にちょっと変だ。よくわからないことを言うし、いつもどこか別の世界にいるみたいに浮ついてる。そういう奴だが、そういう人生を送ってる奴を見てるのは楽しい。どうしてかっていうと奴がその状況を拒否するでもなく、利用するでもなく、ただ淡々と普通に生きてるからだ。 「悩む前に純粋に根本を考えろ。人がどうして警察に情報を伝えるかっていうと、自分の代わりに厄介事を始末してくれるからだ。おまえの厄介事を警察は始末してくれると思うか? 何でもかんでも事故だって終わらせようとしてる集団だぞ」 「集団としてはそうかもしれないけど、伊瀬谷さんって人は個人的に動いてくれそうな気がする」 「だったらおまえは警察に通報したいんじゃなくて、その伊瀬谷さんって人に話をしたいんだ。そこを間違っちゃいけない」 「ああ、そっか」瑞輝は素直にうなずいた。「ホントだな」 「ただし、個人的に動く警察官ってのは、滅多に居ないってことも肝に銘じておけ。動きたくても動けないってのもある。個人行動のできる仕事じゃない。そして仕事を離れたら、警察官だってただの市民だ。何かの権限を持ってるわけじゃない。そうだろう?」  瑞輝はうなずく。「じゃぁ言わない方がいい?」 「言うのはおまえの勝手だ。相手に過剰な期待はするなって言ってるだけだ。大人はガキと違って、いろいろと事情を持ってるもんだからな。伊瀬谷さんって人がいい人ならば、その分だけ力になってやれないって苦しむぞ」 「それはマズい」 「第三の道を用意しよう。晋太郎なんてクソッタレ作戦だ」
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