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■ 月曜日 3 ■
学校へは行かされた。神事だと簡単に休めるのに、怪我をしても休めないのはどうしてだろうと瑞輝は理不尽さを感じつつも、晋太郎にそれを言うことはできなくて黙って登校した。昔はよく虐待だと騒いだものだが、もう今ではそういうのも飽きた。何だかそういうルールらしいと思って従うことにする。もしこの状態でケンカでも吹っかけられたら、俺はどうすりゃいいんだと思ったが、晋太郎はきっとこう言う。「けんかにならないようにすればいい」わかってるよ。そんなことよぉ。
やっと秋らしくなってきたというのに、台風が近づいているとかで天気が不安定だった。大雨ではなかったが、小雨がしとしとと降り続き、瑞輝はめまいにも悩まされ、気分が滅入る週明けとなった。
渡瀬チョコとは国交を回復したが、伊瀬谷京香はまだ瑞輝を敵視していた。瑞輝は隣のクラスで助かったと思った。あの射るような目で睨み続けられたら、こっちの精神がもたない。
それにしても渡瀬チョコが自分に本当に好意を寄せてくれていたのだろうかと瑞輝は思った。だって今日なんて彼女の方から声をかけてきたのだ。「入間君、マカロン作ったよ」と。自分が声をかけると飛び上がるほど驚いていたのが、慣れてきたとしか思えない。彼女は「うわぁすげぇ」と寄って来た城見や他の男子や女子にも照れながら「どうぞ」と勧めていた。十個ほどあったマカロンはあっという間に売り切れ、瑞輝は辛うじて一つだけを確保した。大人しくて目立たなかった彼女が、あっという間に「お菓子作りがうまい渡瀬さん」となった瞬間だった。クラスメートにすごいすごいと褒められ、彼女は嬉しそうだった。将来はフランスに留学してお菓子を勉強したいという夢も小声で話し、クラスメートに頑張れと励まされている。
やっぱり俺は関係ないんじゃないのか。瑞輝は思った。飢えてる猫にエサをくれてただけじゃないのか。
めまいのせいで授業はほとんど頭に入らなかった。めまいがなくても気づくと眠ってしまっているのに、めまいがあると余計に眠くなる。しかし国語教師はその方が授業の邪魔にならないと思ったらしく、瑞輝を眠らせてくれた。ただ、机にうつぶせになって眠ると胸が痛むので、椅子にもたれたままユラユラと船を漕ぎながら眠るという、何とも格好悪い姿で居眠りすることになった。格好なんでどうでもいいのだ。後ろでクスクス笑っている声がするが気にしなかった。
授業中によく眠ったので昼休みは頭もスッキリした。たまに揺れている感覚はあったが、昨日の病院ほど大きくはなかった。やっぱり晋太郎に言わなくて良かった。また怒られるとこだった。
中庭の桜を見に行くと、藤崎が黒い傘をさして立っていた。
「良くなってる?」
瑞輝が声をかけると、藤崎は瑞輝の方に傘を少し出した。「傘、忘れたのか? 朝から降ってたのに」
「良くなってる?」瑞輝は構わず桜を見上げた。雨は小雨で大した事はない。傘なんていらない。
「見ればわかるだろ。相変わらずだよ」
瑞輝は笑った。「いや、あれが俺だけに見えてるのか、みんなに見えてるのか自信がなくて」
あははと藤崎は笑った。
「先生、うちの先生が」
「栗山先生か?」
「じゃなくて、えっと俺の個人的な先生なんだけど」
「家庭教師とかそういうのか?」
「うーん、まぁそういうの。それが、剣道部とか柔道部に入れてもらえって言うんだよな」
「え?」藤崎は顔を明るくした。「いつから来る?」
瑞輝は首を振った。「先生、入れないって言ってただろ。俺の剣はヤバいからって」
「うん」藤崎は困って生徒を見た。「家庭教師って、おまえの剣術の先生なのか? その先生がいいって言うなら…。だいたい、おまえ、神事がうまくできなくなったら困るっていうようなこと言ってなかったか?」
「それがさ」瑞輝はため息をついた。「それは俺が未熟だからだって言うんだよな。どっちかしかできないって言うのがおかしいって。それは俺が調整力がないからだって」
「ふうん。で、調整力のために入部するのか?」
「違う」瑞輝はムスッとした。「それを今勉強してるわけ。それがうまくいったら、誰とでもうまくいくって言うんだよ、その先生が」
「ほほう。そりゃいい話だな。うちは大歓迎だぞ。その前に入部試験は受けてもらうけどな」
「俺が部員を怪我させないか心配してんだろう?」
「まぁ、それもあるが、俺がおまえと剣を交えてみたい。それでおまえに向いているポジションを与える」
「ポジション? 剣道ってそういうのあったっけ?」
藤崎は笑った。「ある。選手コース、エンジョイコース、求道コース、指導者コース」
「犯罪者コース」瑞輝はそう言って笑った。「俺、それじゃねぇ?」
「バカ」藤崎は笑った。「おまえはルールが覚えられない気がするんだよな。だからメンタルトレーナー的なポジションが合ってる気がするな」
「それ、何するんだよ。メンタル何とかって。っていうか、ルールぐらい覚えられる」
「で、いつから来る?」
「半年後…ぐらいかな」
「何だ、それじゃ来年じゃないか」
「桜が咲く頃だな。すぐだよ」
藤崎は小さな水滴が集まって、瑞輝の金色の髪から雫になって落ちるのを見た。自分より若い奴に、時間の流れを語られると違和感を感じる。
「先生、呼んでるよ」
瑞輝が言って、藤崎は辺りを見た。「誰が?」
「職員室かなぁ。あっちの方」瑞輝は職員室のある校舎の方を指差した。
「そっか。じゃぁ行く。半年後、楽しみにしてるぞ。おっとその前に、ちゃんと三年になれよ」
瑞輝は笑った。「点数、上乗せしてくれよ」
それはできんと言いながら藤崎は校舎の方へ消えていった。
瑞輝は桜の木に手を当て、じっと梢を見た。そして根っこを見る。ぐらりと足元が揺れて、瑞輝は幹をグッと掴んだ。風が吹いて、葉にたまっていた雨が集まってボタボタと落ちた。服がびっしょりと濡れる。
クスクスと笑う声がして、瑞輝は校舎の窓を見た。渡瀬チョコが指だけを動かして手を振っていた。
嫌われた方がいい、という泰造の言葉を思い出し、瑞輝はどうしたらいいのかわからず目を反らした。が、マカロンをさっきもらったなと思って、また上を見た。
チョコは戸惑ったような顔をしていたが、瑞輝がまた視線を戻してきたのでさらに戸惑った。
瑞輝は彼女を見て、それから桜を見た。
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