■ 月曜日 3 ■

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 揺れてるのは初めてじゃなくて。と瑞輝は伊藤に告白した。 「小さい頃からよくあって、じいちゃんは俺がそう言って怖がると大丈夫だって言ってくれたんだけど、晋太郎はうるさいって言って怒る。今でもしょっちゅうあるんだけど、他の人に言ってもわからないって言うし、晋太郎は怒るし、ばあちゃんは地震がくるんじゃないかって心配するしってなるから、あんまり言わないようにしてるんだ」 「じゃぁどうして今日は言うんだ?」伊藤は暗いスポーツセンター前の道路を傘を差して歩きながら言った。  瑞輝は濡れていく。伊藤は彼が濡れても平気だ。車に乗り込むときに、タオルを敷けばいい。何より黄龍君は水や空気と仲がいい。どちらかというと雨に濡れている方が彼にとっては都合がいい。 「いつもとちょっと違う気がする。空とか水とかが」瑞輝は言葉を探しながら言った。 「はいはい」伊藤は理解を諦めて肩をすくめた。「黄龍君の本領発揮だね。みんなが見てない感じてないものを感じてる。君とはいろんな神様と会って来たから驚きはしないけどね、那維之神を怒らせたのが君なら土下座して謝りなさい。僕は地震になんか遭いたくないね」 「怒ってるのかなぁ。社が壊れたのは確かに俺がいたときなんですけど。ちゃんと修理も進んでるし、方向の修正もしたし、邪魔な木も倒れたし。文句は聞いたと思うんだけどな」  瑞輝はチェーンをまたいでスポーツセンターの前庭に入った。石畳を真ん中まで歩き、右に曲がる。 「そりゃ怒ってるよ。神ってのは理不尽にいつでも怒ってる」  伊藤は瑞輝について歩く。他の芝生をみだりに踏んで、ここの神様に怒られたくない。 「そっか。いつでも怒ってるなら仕方ないな」  瑞輝が言って、伊藤は笑う。時々、この子はものすごく楽天的になる。しかめ面して不機嫌なことがほとんどだが、いざ何か大きなことに当たると意外なほど簡単に開き直る。その開き直りが待てないとき、伊藤はしゃきっとしなさいと瑞輝に喝を入れるのだ。決して無意味に暴力を奮っているのではない。決して。  社の前についた。もちろんまだ修理は終わっていない。解体が進んでいるところだ。さすがにお社をガシャガシャと派手に壊すわけにはいかないので、棟梁たちも丁寧に仕事をしているようだ。脇の地面には木材が置かれ、雨よけのシートがかぶせてある。  瑞輝はそれをチラリと見た。 「剣の代わりに何か武器を持っていく?」伊藤が聞いた。 「いや、話がしたいだけだから」瑞輝は木材から目を反らし、解体途中の社を見た。 「話、できるの? 君は巫女でも何でもないのに」伊藤がいぶかる。 「できないと思うけど、まぁやってみなくちゃ」  伊藤は答えず首をすくめた。大丈夫かなぁ。最近、黄龍君は行き当たりばったりが増えたんだよなぁ。困ったもんだ。  瑞輝は解体途中の社に右手を置いた。そして、那維之神の本体があるはずの奥に手を入れる。柔らかいものが手に触れて、瑞輝はそれを外に出した。右手を開いてみる。  錦の布に包まれた物体が見えた。布は風化して薄くなり、所々破れている。瑞輝が取り出したことで、脆くなったところがほろほろとこぼれた。そっと布をめくってみる。中には灰色の石が出て来た。何かで割れたものらしく、断面が鏡のように輝いている。強くなって来た雨が布と石にしみ込み、石の色が少し濃くなる。  瑞輝は左手で石をつまんで見た。鏡の部分をじっと見てみる。  石が金色の自分の瞳を反射させて黄色に輝く。瑞輝はその光がまぶしくて目を細めた。
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