■ 日曜日 ■

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 このところ、周りが自分に厳しくなったのを瑞輝は実感していた。十七になったからだ。自分の右半身に宿る黄龍とかいうモノが、もうすぐ完全覚醒するって言われてるからだ。今でも九割方覚醒しているんじゃないかと言われている。本当かどうか知らない。完全覚醒しましたよってサインがあるのかどうか、あるとして、それがどういうものなのかも知らない。とにかく龍の力ってのはすんげぇ強いらしい。何に対して強いのかもわからないが、その強い力を宿す器としての体が十七になると出来上がるってことらしい。でもそれを使う心が成長に追いついてないと、周りの大人たちは言う。おまえはユラユラ揺れてて、見ていると危なっかしくて仕方ないと。じゃぁ見るなって話だ。  毎日、何でもかんでも自分のせいにされて、瑞輝は疲れていた。黄龍の力があれば、こういうこともできる、ああいうこともできると言われているが、実際、誰かが使ったわけじゃない。瑞輝が初めてだ。それなのに見本もなしに、ああしろこうしろと言われても瑞輝もできないことだってある。ミスだってする。うまくいかないことだってある。それを周りは許してくれなかった。  携帯電話が鳴り、晋太郎から着信があったが、瑞輝は出なかった。どうせ終わったら早く帰って来いとか言うのだ。俺はおまえの持ち物じゃねぇっつうの。弟でさえない。義弟だ。義理の弟。仕方なく一緒に住んでやってるんだ。それは晋太郎の台詞か。瑞輝は自分でふと笑う。  瑞輝は黒岩神社を管理している入間家の養子だった。色素欠乏した金色の髪と右目だけ金色だった赤ん坊を見て、びっくりした親が捨てに来たのだった。晋太郎の父、入間喜久男が赤ん坊を受け取り、後に養子にしたというわけ。そのとき晋太郎は大学生で東京に下宿していた。実家に赤ん坊が来たという話は聞いていたが、九年後、父が急逝してその子どもを任されるとは夢にも思っていなかった。仕方なく家族をやってる。瑞輝は今でも晋太郎を見ているとそう思う事がある。怒られるから口には出さない。  左手で左耳を触ってみる。昨日の傷にはガーゼが張ってある。瑞輝はその黄龍の力、龍気というもののせいか、傷の治りが早い。病気はほとんどしたことがない。死にそうな目には何度か遭ったが、回復が早いので致命傷さえ与えられなければ、何とか生還する。昨日の傷も、表面的にはふさがりかけていた。  痛かったのにな。瑞輝は惜しい気持ちになる。すぐ治ると、まるで怪我をしてなかったように扱われるから嫌だ。ちゃんと痛かったし、怖かったのだ。死ぬかと思ったのに。防げただろ、だと?  瑞輝はぐっと唇を噛んだ。防げたよ。俺が遠慮なく暴力を使ってりゃな。どっちも怪我してたかもしれないし、どっちも死んでたかもしれない。クソ、全部俺のせいか。金のトラブルで傷害事件が起こっても俺も責任があるってことか。  瑞輝は手元にあった小石を思いっきり前に投げた。  そんなもんは、結果オーライってヤツだろうがよ。俺には先を見通す力ってのはねぇんだよ。普通の人間よりねぇんだよ。そういうのを求めるなっての。  タンタンと軽く地面を叩く音がして目を上げると、目の前を白い杖をついた痩せた老人が歩いて行くところだった。田舎だから、たいていの住民は顔見知りだ。瑞輝も彼を知っていた。古くからある集落のジイさんで、ちょっと前まで鶏を飼っていた。昼でも夜でもおかまいなく鳴くうるせぇ鳥だった。半年前にバアさんが死んだときに、鶏も処分したって聞いている。  瑞輝は彼の進路に自分の足が飛び出している気がしたので、ひょいと足を折って縮めた。
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