■ 月曜日 3 ■

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「瑞輝は人々のお役に立っているのですよね」晋太郎は思わず確認する。 「はい」伊藤は即答した。「存在してることが役目ですからね。死んじゃったら意味がない」  晋太郎は黙って伊藤を見る。 「お兄さんは誤解されている」伊藤は言った。「入間さんはわかっていました。瑞輝君がどうして神々と渡り合うような神事に迎えられるのだと思います? そこで彼は楽々と神事をこなしてるわけじゃないのはご存知でしょう。毎回、ものすごいダメージを受けてる。だからあなたの奥さんのようなヒーラーが必要になる。十代の子に与える役目としては大きすぎると思いませんか」 「それは以前から思っていました」晋太郎はうなずいた。それでも瑞輝は毎回、何とかギリギリでもこなしてきたし、確かにかなり体も心も辛そうなときはあるが、とんでもない回復力でケロッとしているし。そういうものだと最近では思い始めていた。 「黄龍君は、生け贄なんですよ」伊藤は晋太郎を強い目で見た。「昔は神々へと本当に命が捧げられて来た。人だって例外ではありません。しかし現代にそんなことをしたらとんでもないことになります。無理にすれば殺人だし、自分から志願する人間を見つけるにも、それはそんなに容易いことではありません。神と人間との間で結ばれた約束の中に、そういった贄が必要である場合、黄龍君が呼ばれるのです。彼は毎回、どんな小さな神事でも、神に命の一部を捧げているんです。僕は彼を黄龍だと信仰はしませんが、彼が失われつつある神事の継続に必要な存在であるということは理解します。瑞輝君は神事のたびに闇を見て帰ってくるわけです。それでもまた次に呼ばれれば行ってくれる彼を僕は偉いと思ってます。もちろん自分で行ってくれなきゃ、強制的に連行しますけどね」  晋太郎と政子は黙って伊藤を見ていた。 「神事が途絶えたら、日本が壊れるとか世界が滅亡するとか、そういうことはないとは思います。きっと途絶えても何年か経てば忘れ去られるだけでしょう。でもほら、人体のツボなんかと一緒ですよ。科学的に証明されなくても一定の効果を上げるものというのは存在するものです。黄龍君はそれを守ってくれているのです。僕たちは彼の犠牲の上に暮らしている可能性もある、ということは、家族であるとおっしゃるならば理解しておいたほうがいいと思います」 「それは、瑞輝じゃないとダメなんですか」晋太郎が聞いた。 「ダメじゃないですよ。普通の人は死んじゃうかもっていうだけで。ほら、よく祭りなんかで死者が出るじゃないですか。あれは贄だと見る人もいます。長い歴史の中で、よく事故が起こる神事には特別な力のある者が参加するというのが通例になって、瑞輝君が指名されるんじゃないですかね。だって瑞輝君が生まれる前は、入間さんやその他の人物が代理で行っていたわけですから、別に他の人でもいいんです。まぁたいていは若いうちに亡くなることも多いみたいですけどね。入間さんは黄龍君と一緒だったから、比較的長生きできたのではと言われています」  晋太郎は目を伏せた。瑞輝は自分と一緒だったから、晋太郎の父は早死にしたと思っている。そうじゃないかもしれない、というのは瑞輝にはいいニュースだろう。 「自然の力を得ることと、それを自分の力として転化する能力、この二つを合わせて龍気と呼ぶのだと思います。それが失われれば、彼は贄として命を奪われます。瑞輝君はそれを実感してると思いますよ。だから文句も言わずに僕についてくるんです。死にたくないから」  伊藤はそう言ってから首をひねった。文句は言ってるな、確か。  晋太郎は言葉を返せなかった。それが本当だとしたら、瑞輝はどうしてそれを黙っているのかという怒りが生じそうになる。 「この国には、不特定多数の人間のために死ぬって人間は極端に少なくなっています。非常時ならそれもあるでしょうが、平和に暮らしている最中に『誰か生け贄になってくれ』と言って誰が手を挙げます? しかも必要かもしれないし、不必要かもしれないんだけど、とか言われたら誰もやりませんよ。みんなで並んで不必要な方に賭けて、神が怒るのを待とうってのが普通です。そうやって待って、みんな死んじゃう。黄龍君はそういうのを見かねてやってくれてるわけです。感謝もされないのにね。僕なら逃げます」  伊藤は肩をすくめた。 「実際、贄としては嫌われてる方が都合がいいんですよね。もし死んじゃっても誰も悲しまないから。瑞輝君はそこの辺りも薄々は理解してる気がします。最近、嫌われないようにって努力をしなくなってるでしょ?」  晋太郎は唇を噛んだ。どうだったか。あまり思い出せない。そこに気を配ってこなかったからだ。瑞輝をちゃんとさせようとは思っていたが、瑞輝がどんな目で周囲を見ていたかはよくわからない。
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