■ 火曜日 3 ■

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 ダイニングテーブルに、いつもの空気が戻ってくる。晋太郎はそれを感じてホッとした。昨夜、伊藤に聞かされた話で晋太郎も政子も憂鬱になっていた。瑞輝を前にして何を言えばいいかわからなくなっていた。瑞輝に気を遣い、詫びるわけにもいかず、励ますわけにもいかない。そういう微妙な空気は、瑞輝がいつものように力の抜けた笑いを見せることで霧散した。  妊婦の純もやってきた。彼女は瑞輝の正面の席に座り、また傷ついてると思った。後で手当してあげよう。 「いつもと全然違うんだ。きっとものすごいことになる。いっぱい人が死ぬ」  瑞輝が言って、晋太郎はチラリと瑞輝を見た。「この町で、か?」  瑞輝はうなずくと、両手を額に当てた。 「もう何回も見てるんだ。金剛寺が割れるのも見た。うちの神社がつぶれるのも見た。たぶん、早く何とかしないと現実になるっていう警告なんだ。那維之神ってのは地震の神様なんだろ? 地震を引き起こすことだってできるんだろ? あの神様が怒ってんだよ。俺が怒らせたのかもしれない。あそこでオッサンにゴルフクラブ振り回させたのは俺だし。俺のせいかもしれない」 「おまえらしくない」晋太郎は笑った。「おまえが行かなくても、きっと社は破壊されてたし、野口氏は怪我してただろう。それがいつものおまえの解決方法じゃないのか」 「それに、瑞輝君からはマイナスは感じられないよ」純も答えた。「バランスが崩れてる時はすぐにわかるもの。今は大丈夫。瑞輝君自身が何かを引き起こす傾きは感じない」  晋太郎は妻を見て笑った。ヒーラーの言葉というのはよくわからないが安心させてくれる。 「そうよ、瑞輝が悪いことを引き起こすわけがないじゃないの」政子も大きくうなずいた。  瑞輝は三人を見た。さっき、この三人を失いそうな夢を見たことは黙っておこう。怖すぎるから。 「一つ、聞いてくれる?」  瑞輝は家族を見た。そして居間の片隅にあった紙束からいらない紙を一枚取る。そしてその裏の中心に黒い丸を書いた。「ここが那維之神の社。スポーツセンター。そんで、これが下水道に水が漏れてたとこ。こっちが俺が人形のベビーカー見つけた池」  瑞輝は簡単な地図をつくり、そこに三つの黒い丸を書いた。 「晋太郎には言ってないことがある」瑞輝はそう言って、黒い丸を三つ付け足す。「ここが東駅。駅前にオオグスってのあるの知ってる?」 「駅前開発で切り倒すとか言ってる木ね」純が答える。「もったいないわよねぇ。あんな大きな木」 「そうそう、こっちが、俺の高校。古い桜が病気なんだ。風を集めてるみたいにネットみたいな枝を張ってる」 「最後のこれは?」晋太郎は一番手前の丸を指差した。 「これは知り合いが俺に見てくれって言った家。風の強い日にゴミが溜まる。吹きだまりになってるんだ」  瑞輝は紙をじっと見た。 「那維之神を中心にして五カ所。俺はその場所に呼ばれた。でもよくわかんなかったんだ。俺にどうしてほしいのか。今でもよくわからない。でもそれを何とかしなくちゃいけなかったんじゃないかな。揺れてるのは、スポーツセンターに行った時からなんだ。それから、ゆっくり強くなってる。きっと大きな揺り戻しが来る」 「ふむ」晋太郎はその拙い地図を見た。「ちょっと待ってろ」  そう言うと彼は立ち上がった。そして父の部屋に行った。古い資料の箱を探し、ファイルを調べる。  数冊のファイルと和綴じの古い書類を持って晋太郎はダイニングに戻った。誇りっぽい書類をテーブルに置くと、瑞輝はその一番上の書類を手に取った。晋太郎は家族を見る。 「日丘の古い記録だ。金剛寺にも似たような記録が残ってる。江戸時代にこの町は一度地震にやられてる。この一帯は平らな平野だったんだ。地震で地面が隆起して丘ができた。おまえの高校がある丘は、昔は平地だった」  晋太郎は瑞輝に説明した。「へぇ」純は興味深そうにファイルを見た。 「さすがに私も知らないわねぇ。歴史としては聞いたことがあるけど」政子も言った。 「で、黒岩神社はそれと無関係じゃない。四百年前におまえの祖先が兄弟対決したっていう話があるだろ? それと地震のタイミングは一緒なんだ。黒岩に龍が封じられたのと地震は同時なんだ」  そう言って晋太郎はじっと瑞輝を見た。瑞輝はうなずいた。 「今回も、何か関係あるってこと?」瑞輝は首をひねる。 「親父がスポーツセンターの地鎮祭のあと、何をしたか知ってるか?」 「知らない。俺、すんげぇチビだったし」 「町の東西南北、四カ所に四神の護符を張った。でももう十年以上も前だ。きっと破れて効果もなくなってるだろう。それに町は開発されて動いてる。護符を元ある場所に貼り直したところで、バランスが崩れてるだろうしな」 「でも、今回は五カ所ある」瑞輝は眉を寄せた。
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