■ 火曜日 3 ■

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 泰造が持って来た手みやげのバームクーヘンと、妊娠七ヶ月の晋太郎の妻、純の手作りプリンを含めて、合計七品が夕食の食卓に並んだ。瑞輝が肉じゃがの人参を避けようとして政子に睨まれる。それを見た晋太郎がクスリと笑うのがわかって、瑞輝は舌うちをする。 「おいおい、俺の家族水入らずの夕食を奪っておいて、何をじゃれてんだ」泰造が文句を言う。そう言いながらも、彼はうまそうに牛蒡の炊き込みご飯を口に入れ、焼いたさんまの身をほぐす。 「うるせぇな、誰も来てくれとか言ってないだろうが」瑞輝は泰造を睨んだ。 「まともに薬も飲めねぇおまえを見てくれる医者が他にいるか?」泰造は隣の瑞輝に箸を向ける。 「行儀が悪いな。親に教えてもらってねぇのか」瑞輝が泰造の方に体を向けてケンカを売る。 「おまえだって教えてもらってないだろうが。少なくとも親には」泰造が買う。 「こらこら」晋太郎は二人をたしなめるが、一歩早く瑞輝が立ち上がって泰造の服を掴む。その後ろ襟を晋太郎が引き倒す。瑞輝は椅子に引き戻されて晋太郎を振り返った。「離せ、あのヤブ医者を殴らせろ」 「落ち着け」晋太郎は瑞輝に命じ、泰造を睨む。「おまえもからかうな」  泰造はまだわめいている瑞輝を見て、フンと無視をした。ここは大人が引いてやる。  瑞輝はしばらく文句を言っていたが、晋太郎に「しつこいぞ」と言われて黙った。そこからは晋太郎が揺れと瑞輝の予測を説明し、泰造が疑問点を聞き、瑞輝が不機嫌そうに注釈を入れるという状況になった。 「つまりは近々、地震が起きるって言うんだな?」  泰造は真面目な表情で言った。 「かも、しれない」晋太郎が静かに言う。「確定ではない」  泰造は瑞輝を見たが、瑞輝はそれに対して文句は言わなかった。つまりは本当に確定ではないというわけだ。 「雨予報みたいに何パーセントってのもわからないのか?」  泰造はまだ自分に対しては不機嫌な顔をし続けている瑞輝を見た。 「機械じゃねぇからな」瑞輝は泰造を見もせずに言う。 「可能性があるなら、それを何とかしたいと瑞輝は思ってる」晋太郎が代弁する。 「珍しいな。いつもは誰の不幸だって黙って見過ごしてるくせに」いつまでも瑞輝が不機嫌なので、泰造も少しイライラして言った。  晋太郎はそんな泰造を見て困ったように息をつく。純と政子がねぎらうように、一緒に苦笑した。 「黙って見過ごしたりしてない。できることはやってる」瑞輝は泰造を睨んだ。 「何もやってないじゃないか。そもそも、おまえは日丘の町がどうなろうとどうでもいいだろう。ほとんどが自分を疎んでる奴らだぞ。おまえの話を聞く奴にだけ届けばいいんじゃないのか。今までと同じでいい」 「晋太郎、こんな奴に話すだけ時間の無駄だったな」ごちそうさま、と瑞輝は立ち上がった。わずかに立ちくらみのように体を揺らし、それから出て行った。 「デザートは?」純が声をかけたが、瑞輝はチラリと食卓を見たものの、何も言わずに行ってしまった。 「嵐が来るよ」政子が言って、晋太郎は窓の外を見た。「もう嵐ですよ」  純は楽しそうに笑ったが、泰造はムスッとしていた。 「あいつは何を怒ってるんだ?」  泰造が言って、晋太郎は肩をすくめた。「おまえが親がどうのと言うからだ」 「定番ギャグだろう」泰造は解せんという顔をする。瑞輝はよくそういうことを自ら言う。ゲラゲラ笑っていたのはあいつ自身じゃないか。  純がバームクーヘンを瑞輝の分も切り分け、配る。そして政子が一つにラップをかけた。 「ギャグじゃない」真面目な晋太郎は真面目に答える。「あいつの父親から去年ぐらいから連絡が入ってるんだ。家族として暮らそうって言ってるそうだ。瑞輝はそれをずっと悩んでる」  泰造は眉を寄せた。「そりゃ何かの冗談か?」 「冗談じゃない。瑞輝にとっては甘い菓子をつきつけられてるのと一緒だ。未だに手をつけてないのが不思議なぐらいだ」 「そうじゃなくて、親の方が頭がまともかって聞いてるんだ」泰造は晋太郎と純、そして政子を見た。「向こうがいらないって捨てたんだろう。どうして今さらそんなことを言う? だいたい、母親はどうなんだ。瑞輝を殺そうとしただろう」 「殺そうとしたんじゃない。弟を蘇らせることができると信じて、瑞輝の血を抜こうとしただけだ」晋太郎は事実を正確に伝える。大切な息子を失い、瑞輝の母親は瑞輝を排除したいと思う人間にそそのかされて、瑞輝を誘拐した。当然ながら瑞輝の血を抜いたところで、死んだ者が生き返ることはない。彼女は心神喪失して病院に運ばれたという経緯がある。 「おまえは瑞輝の怪我を見た時に、そう思ったのか?」泰造は怒る。  晋太郎はため息をついた。泰造はいい奴だ。確かに今でもあの時の怯えた瑞輝の姿を思い出すと、そんな目に遭わせた人物を憎みそうになる。そうすれば瑞輝が悲しむだろうから表面に出さないだけだ。しかし泰造は出す。そして瑞輝本人にも言う。瑞輝が実の親を憎むことも愛することもできないとわかっていながら言う。瑞輝を自分が苦しめていることを認識しながらも、代わりに怒ってやる。瑞輝が怒れないからだ。
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