■ 火曜日 3 ■

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「あれは殺そうとしたんだ。瑞輝の命はどうなってもいいと思ってなきゃできないことをした。そんな人間のところに瑞輝を渡すっていうのか? 今度こそ瑞輝は殺されるぞ。絶対阻止だ」泰造はバームクーヘンが敵であるかのように睨んだ。 「母親は改心したそうだ」晋太郎は答えた。 「信じられない」 「そうだな。おそらく改心したのではないと思う。家族として迎える条件だって、髪を黒くして目にも黒いカラーコンタクトを入れるってことらしい。つまり…」  泰造はテーブルに拳を置いた。「弟の代わりになれ、って言ってるんじゃないか。馬鹿にしてるのか」 「でも瑞輝はそれでもいいかもしれないと思っているようだ」 「思っているようだ、じゃない。断固阻止しろ、絶対に渡すな」 「それは本人が決めることだ」 「晋太郎」泰造は友人を睨んだ。「行けば傷つくとわかっていて送り出すのか? 瑞輝は行ってから判断ミスに気づいても戻って来ないぞ。むこうで我慢する。そういう奴だろう」 「晋太郎だって私だって、ここに居て欲しいのよ」政子が穏やかに言った。「でも瑞輝がね、言うのよ。妹の力になりたいって。弟は救えなかった。それ以前に、自分が殺してしまったようなものだ。でも妹は違う。できれば力になりたいってね。そう言われたら、反対できないでしょう」  泰造は政子が寂しそうに微笑むのを見た。 「何だそれ」泰造は首を振る。「わからない。弟のことだってあいつが悪いわけじゃないだろう。罪滅ぼしはいらない。向こうは向こうで勝手にやりゃいいんだ。龍清会とかいうのがついてんだろう。そっちに任せればいいじゃないか」 「龍気ってのを感じる本人同士じゃなきゃ、わからないことがあるんだよ、きっと」晋太郎は泰造を真っ直ぐに見た。「俺たちが思っている以上に、瑞輝は生きにくいんだと思う。その能力の保因者である妹さんは、瑞輝と弟のことを見て来て、ものすごく自分の身を恐れている。本来は一番頼りになるはずの母親も相談できそうにない。どうやら自殺未遂も何度かあったようだ。瑞輝にしかできないサポートというのもあるのだろうと思う」 「だけど親はあいつを、死んだ弟の代わりに迎えるんだろう。髪だけじゃない、きっと呼び名も変えるぞ。弟の名前で呼ばれるんだぞ、瑞輝は」 「だから迷ってくれてるの」純がにっこり笑った。「瑞輝君もちゃんとわかってるんだよ」 「迷わせるなよ」  泰造は怒りをフォークでバームクーヘンにぶつけるので、バームクーヘンがぼろぼろになっている。 「瑞輝が決めることだ」  晋太郎が言って、泰造は黙りこんだ。それから大きく息をついた。泣きたくなる。なんであいつばっかりが苦しめられなきゃいけないんだ。 「私、瑞輝君にこれ持っていってきます」  純が立ち上がってバームクーヘンとプリンを盆に乗せて言った。  泰造はその盆に手をかけて止めた。 「僕が行きます。ちょっと瑞輝と話をしてくる」 「ケンカするな」晋太郎が横目で言う。泰造は友を見て眉を上げた。 「ガキじゃないぞ」  そう言うと、晋太郎は静かに笑った。「向こうがガキだからさ」  それはそうだと泰造はうなずいた。 「晋太郎も若先生も、似たようなものですよ」と政子が言って、四十を前にした二人は顔を見合わせた。  クスクスと純が笑って、晋太郎は恥ずかしそうにした。  泰造は「大丈夫です」と請け合ってダイニングを出た。
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