■ 火曜日 3 ■

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 泰造が何を怒っているのかはわからなかったが、瑞輝は今のところ葛葉に行くつもりはなかった。  確かにとても魅力的な話だった。家族というものには漠然とした憧れがあったし、弟の悠斗が自分と双子だってことを考えると、きっと悠斗が楽しく生きた家族なんだから自分もそこに入れる気がした。だが、あくまでも瑞輝は双子の兄として、元々そこにいた人間として見て欲しかった。  そんな気持ちは甘かった。向こうはそうではないらしい。  父からは毎月一度は手紙や電話が来る。手紙は気持ちが揺れてすぐには手をつけられず、いつもほとんど一月遅れで読む。電話は出たり出なかったり。暇で何もしていないときなら出る。  父の中森健司氏はいつも謝罪する。赤ん坊の君を黒岩神社に置いて来てしまって申し訳ない。一度も君を迎えに行かず申し訳ない。双子の弟、悠斗が死んだ理由を君に押し付けて申し訳ない。母親がそれを悲しむあまりに君を憎んでしまい申し訳ない。  瑞輝はそれを見聞きするたびに何とも言えず胸が苦しくなる。謝罪されるようなもんじゃない。  そしてその後に続く言葉も瑞輝を困惑させる。妹、詩織のアドバイザーになってくれないか。そして私たちも家族として関係を再構築していこう。再構築も何も。構築さえまだだってのに。再構築ってことは、俺は悠斗の空いた席に座るってことだよな。それはできない。悠斗は悠斗で、俺は俺だ。  そういうズレを感じ、瑞輝は中森氏に答えを返せない。ズレのことを口に出すこともできない。向こうが自分を悠斗の代わりとして見ることを、自分は許さなくてはいけないのではないかと思うからだ。悠斗を失わせたのは自分だし、中森家の家族を悲しませたのは自分だからだ。  中学二年生だという妹のことを聞くと、グラリと心は揺れる。直接彼女に話がしたいと言ったら、それはまだ難しいと言われた。難しい、ってどういう意味なんだろう。家族として迎えると言いながら、妹と話ができない。確かに妹には一度も会ったことがない。写真で顔を見たことがあるだけだ。彼女にとって兄は悠斗一人だ。俺は他人のはずだ。瑞輝の存在を知り、黒岩神社に預けたと記憶している親とは受け止め方が違う。だから『難しい』んだろう。彼女が本当に俺の話を聞いてくれるなら、話をしてもいいし、話をしてやるべきだとも思う。まだその時期じゃないっていうだけだ。  いつか中森氏が諦めて連絡をくれなくなる日が来たらいいと瑞輝は思う。そうなったらそうなったできっと凹むんだろうなとも思う。憂鬱だ。  瑞輝はプリンを食べ終わると、窓のカーテンを引いて外を見た。暗い外が見えないので、窓ガラスに額をくっつける。窓ガラスを打つ風や雨の振動が伝わり、瑞輝は目を閉じた。
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