■ 火曜日 3 ■

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 小さな石は那維之神の御神体だったんだろう。伊藤は瑞輝が倒れた後、そのまま運んで来てくれたので手の中の石はそのままだった。それを晋太郎が枕元に置いておいてくれた。今はポケットにある。瑞輝はポケットから石を出し、手のひらに乗せた。古い布は粉々になってもうなくなっている。  さっきは雷みたいに打たれたが、きっと同じことが野口氏にも起こったんだろう。あっちにいってたエネルギーが俺を通して神社に戻ったってところか。後遺症とかもないみたいだから、神様もまだ優しかったってことだ。  瑞輝は石を右手に持ち替えた。右手の方が、龍気が強い。というか右手にしか扱う能力がないとも言える。  石は手の中で揺れ、部屋の電灯を反射して光った。元に戻さないとな。黒岩に持って来たらダメだ。  瑞輝はそう思って、窓を開いた。玄関から出るには、廊下と台所の前を通らないといけない。そうすると泰造や晋太郎に見つかる。そして聞かれる。どこに行く? 何しに行く?  どこでもいいだろう。特に理由はなくても、勘ってヤツは人間を行動させる。  瑞輝は暴風雨というには少し物足りない外に出た。裸足で土の上に立つと、水がじわっと肌を上がってくるような気がした。細かい雨が体を打つ。風が背中を押した。窓を閉めると、ぐるりと家の裏を回って玄関の靴を取る。真っ暗で何も見えないが、瑞輝には明るさはほとんど関係ない。  瑞輝は岩を見上げ、それから天を仰いだ。雲が覆い、月も星も見えない。風がいろいろな方向から吹き付けてくる。瑞輝は目を閉じ、空気の移動や湿度、温度などの変化を体全体で感じ取る。  なんでかな。こんなにハッキリしてるのにほとんど誰も感じないなんて。聞こえない、見えない。それを共有できないということは、とてもじれったく、苛立つ。腹を立てるな、とじいちゃんは言ってた。本当に毎日何十回も言われた。それはきっと今日のためだ。昨日や一昨日、そして俺の明日のために言ってたんだ。  じいちゃんは言わなかった。おまえは一人だぞ、なんて。いつもおまえは一人じゃないって言ってた。  瑞輝は小さく首を振った。じいちゃんは俺のために嘘をついたんだな。俺は一人だ。  こんなに一体感があるってのにな。瑞輝は目を開く。髪から雨が滴り、目に入った。大地も空も風も雨も台風のうねりさえ含めた全部が俺を感じてるのがわかるのに。晋太郎も日丘の人も、それ以外の人間だってこっちにとっては自分たちの一部だっていうのに。なんでそれがわかんないんだろう。  なぁ。なんでこの声が聞こえないのかな。こんなに叫んでるのに。  瑞輝は息をつく。大地の声がわかる気がする。  理解してもらおうなんて思ってない。好きにする。それだけ。  なだめる言葉も、謝罪の言葉も俺たちは持ってない。だから流れに従うしかない。  抗わず、従えば、お互いに傷は少なくて済む。  瑞輝は手の中の石を握り、流れを感じようと目を閉じた。
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