■ 秋分 ■

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「この町の人たちが瑞輝を嫌う深層心理に何があるかわかるか?」  晋太郎が言って、泰造は首を傾げた。「龍の存在を信じてるってことか?」  晋太郎はうなずいた。「さすがだな、龍を信じてる。そして、俺の親父が言ったことを信じてる。この町の人たちは根底に深い宗教心を持っていて、だからこそつまらない迷信を信じることもある」 「つまらないとか言うと怒られるぞ」泰造は笑った。 「おまえが口外しない限り、誰にも伝わらない」晋太郎は泰造を睨む。 「言わない」泰造はうなずいた。 「俺はそれが重かった。黒岩神社の宮司となると、この町の人たちは心から信じてくれる。何を言っても正しくなる。間違うことができない。そう思って苦しかった」 「だから大学に長い間行ってたのか」泰造は笑った。 「それもある。本当に怖かったんだ」 「まぁわからんでもない。責任感ってのは重くて苦しいもんだ」 「だけど初めて親父の死後、親父の代わりに神事を執り行ったとき、多少のミスが出たが、それは理解された。なぜかっていうと、黒岩神社には龍憑きが住んでる。本来ならそんな穢れたもの、神社においていてはいけないのに、黒岩神社は引き取ってくれている。まるでみんなの罪を背負って殺されたイエス・キリストみたいなものだ。だから少々のミスがあっても仕方ないと許容してくれる」  泰造は晋太郎が言いたいことがわかるような気がした。 「瑞輝に救われたって言いたいのか?」 「龍憑きを信じる町の人に救われたんだ。ここの人たちの意識は、反龍信仰と言えるが、それは同時に龍神を信じているという意味だ。それを利用したい」 「うむ」泰造はハンマーを持って目の前の社をじっと見る。「それがこれを破壊することにつながってるのか?」  晋太郎はうなずく。 「那維之神が疫病神の龍憑きによって破壊されたとなったら、きっとみんな那維之神の祟りを恐れる。その上、信頼している黒岩神社の宮司が『報いが来る』とか脅したら一発だ。那維之神が地震の神であることぐらい、この辺の古い人間なら誰でも知っている。自然に地震への備えへと気持ちは向かうだろう」 「なるほどな。しかしおまえも腹黒いことを考えるものだな」 「腹黒いわけではない。人を導く術はストレートなものだけではないと考えているだけだ」 「うまいこという」泰造は笑った。そしてエイとハンマーを振り下ろした。水分を吸って脆くなっている古い社は、金属のハンマーにあっさりと折れた。 「放っておいても台風で壊れるんじゃないか」泰造は吹き付ける風と雨に顔をしかめながら言った。 「人による破壊でないと意味がない」  晋太郎が言って、彼もバキリと社の柱を折った。  へいへい、と泰造はうなずいた。仰せのままに。
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