■ 秋分 ■

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 伊瀬谷は瑞輝を追いかけるのをやめたあと、もと居た場所に戻った。犯人は必ず現場に戻る。  思った通り、瑞輝は金剛寺の目の前の道をよろよろと歩いて戻って来た。後ろから捕まえても良かったが、再び逃げられては意味がない。それに足取りを見ていると今にもよろけて転びそうだった。あの調子では長くは歩けまい。そう予測して彼は瑞輝の後を慎重に距離を取って追った。幸い、一旦緩んでいた雨と風が再び強まり、瑞輝の集中力もかき消しているようだった。  瑞輝は道を挟んだ銀杏公園に入り、公園の一番の古株のイチョウの根元に座り込んだ。そして体勢を整えているようだったが、しばらくするとぐらりと体を揺らして地面に倒れてしまった。  伊瀬谷はそれでも慎重に近づいた。ゆっくりと気配を消して近づき、突入するときは風とともに大きな体を動かした。そして瑞輝を見下ろすと、彼は目を閉じて、顔の右半分をイチョウの根元にできた水たまりに突っ込んでいた。またしてもその水たまりが彼の腕から流れ出た血で赤く染まっている。思わず慌てて頭を掴み、上に上げたが、瑞輝はぐったりとしたままで目を覚ます気配はなかった。  今度こそ救急車を呼ぼうと思ったが、先ほどからあちこちでサイレンの音がする。きっと暴風雨であちこちに呼び出しが来ているのだろう。とりあえず冷えた体を温めた方が先決だと思い、瑞輝を道向かいの金剛寺に彼を背負って運ぶことにした。金剛寺の前には石段があり、そこから滝のように水が落ちて来ていた。  寺で声をかけると、作務衣姿の若い修行僧が出て来た。事情を話すと住職を呼んでくれ、住職は瑞輝を一目見て苦笑いした。 「また無茶をしおったんですな」  伊瀬谷には『また』かどうかはわからなかったが、どうやらそうらしいということは察した。 「私は他でも呼ばれていますので、こちらに後をお願いしてもよろしいでしょうか」  伊瀬谷は住職に頭を下げた。 「わかりました」と住職は答えた。  伊瀬谷は安心して寺を後にした。当然、救急で彼は運ばれると思ったし、まさかその後、瑞輝が別の場所で発見されるとは夢にも思わなかった。
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