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「なぁ、他にやることねぇのかな。俺たち」
泰造は用水路から溢れた水をほうきで道路から田畑に戻しながら言った。晋太郎は台風で倒れた看板や割れたガラスの処理を手伝っている。台風が通り過ぎた小さな町は大わらわだ。老人が多い地区も多く、若手は率先して手伝わないと片付けははかどらない。
「これも大事なことだ」晋太郎は答える。
「だけどよぉ、瑞輝は今頃、那維之神に食われてっかもしれねぇんだぞ」
「神は人間を食ったりしない」
「龍は食うだろ?」泰造は真面目に言う。
晋太郎は少し考える。「そうだな、龍なら食うかもな」
「あいつは龍だろ」泰造は断言した。「食われるかもしれない。心配だ」
「心配じゃない。瑞輝は人間だ」
「瑞輝は龍だってば。おまえの親父が言い出したんだぞ。龍憑きって」
「龍憑きと龍は違う」晋太郎は散らばった瓦を拾いながら言った。見上げると、横の古い家の屋根が一部壊れていた。家の住民である老女が「お世話かけます」と晋太郎に頭を下げた。晋太郎も会釈を返す。
「俺は心配だな、瑞輝はただでさえフラフラしてっから。台風に乗ってどっか行っちまったり、地震で揺れて粉々になったりしそうじゃないか」泰造が本当に不安そうに言う。
晋太郎は苦笑いした。「大丈夫だ」
確かに台風や地震なんていう災害は、瑞輝を攫いそうな気がする。瑞輝もそれに呼ばれれば応じそうな気がする。でも大丈夫だろう。あいつは少なくとも半分は人間で、この世界に未練も持ってるはずだ。簡単には誘われないと思う。あいつは神のためにキャラメルを置いていくんじゃない。きっと自分の道しるべに置いているんだ。戻る道を忘れないように。
「ちゃんと戻ってくる」晋太郎は自分に言い聞かせるように言った。
泰造は何も言わなかった。
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