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玄武岩はゴツゴツした岩場で、一部は天然の石垣のようになっている。一説では江戸時代の地震の時に隆起した古い地層だという説もあるし、いやそれ以上に人の手が加わっていると言われることもある。岩の間にはススキが穂を伸ばし、風でざわざわと一斉に揺れていた。茶色いバッタが足元を飛び、日丘の上からジョロジョロと流れてくる水が、臨時の小川を作っている。
「この辺は風が強いな」桜木が言って、瑞輝は上を見た。風が勢い良く流れている。確かに。
瑞輝は岩場を進み、中央の一番大きな岩を見上げた。そしてそこに手をつく。
「それが亀か?」桜木がやってくる。
「これは岩だよ」瑞輝はそう言って笑った。「デカイもの見ると、何だかもらえるような気がしてさ」
瑞輝は冷たい岩をギュッと抱きしめるようにした。大人四、五人でやっと囲める岩だ。瑞輝がそうしていると岩の大きさが強調されて、桜木は微笑ましくて笑ってしまった。ヤバいとか死ぬとか言いながら、緊張感が全くない。だから騙される。
「早くやることをやって帰ろう。おまえ、まだ本調子じゃないんだから」
桜木は瑞輝を急かした。瑞輝は岩にもたれて目を閉じていたが、そう言われて仕方なく岩から体を離した。
瑞輝は石垣のようになっている岩場の脇にある穴をのぞいた。人が立って入るには少し無理がありそうな高さと幅の穴で、入口には鉄条網が張り巡らせてある。危険、立入り禁止と立て札も立っている。
「それは昔の防空壕だろう」
桜木が言って、瑞輝は顔を上げて桜木を見た。
「元は祠だよ。奥に祭壇がある」
「見えるのか?」桜木は暗い中をのぞいた。真っ暗で何も見えない。
「ずっと奥だから見えない」瑞輝は鉄条網を見た。「じいちゃんと中に入ったことあるんだ。どこから入ったんだったかな」瑞輝はそう言ってから立て看板を見た。「これだ」
瑞輝はコンクリートの重しがついた看板をグイと傾けると、一気に鉄条網の方へ倒した。
「荒っぽいな」桜木は眉間にしわを寄せて瑞輝を見た。
鉄条網は簡単にぐにゃりと曲がり、何とか擦り傷を作りながらなら入れるだけの空間を作り出した。
「センセー、ちょっと待っててくれ。すぐ行って帰ってくるから」
瑞輝はそう言うとひょいと鉄条網の隙間をくぐった。もちろん顔も腕も足も引っ掻いていたが。
「おい、大丈夫か。わしも行く」
桜木が言うと瑞輝は鉄条網の向こうで笑った。
「先生はそこで見張りしといてくれよ。他に誰も入らねぇようにな。邪魔されんの嫌だからよ」
「でもおまえ、危ないことをするんだろう?」
「普通だよ、いつもと一緒。亀と龍だったら龍のほうが強いって、たぶん」
「黒岩の岩に封じられたのは大蛇だろう。玄武ってのは亀だけじゃない。蛇が巻き付いた亀だって言われてる。おまえがここに導かれたのは、そのためじゃないのか」
「はぁ?」瑞輝は首をかしげた。「先生、また難しいこと考えてんだな」
「おまえがここに取り込まれるんじゃないかって気がする」桜木は鉄条網をこじ開けようとした。体の細い瑞輝は入れたが、桜木が入るにはもっと穴を広げないといけない。
「大丈夫だって。先生は来るなよな」
瑞輝はそう言うとすぐに踵を返し、暗闇に消えて行った。
「瑞輝!」桜木は無駄と知りつつ声をかけた。そして瑞輝が倒していった看板を見た。これをもう一度使えば、もっと大きな空間ができるに違いない。
桜木は『危険!立入り禁止』の立て札を引き起こそうとした。あいつ、こんな重いもの、よく動かしたな。若さか。悔しい。桜木は「うん」と踏ん張って、何とか動かすが起き切る前に倒れてしまう。思えば瑞輝は立っているものを倒しただけ、こっちは倒れているものを起こそうとしているのだから倍も大変だと桜木は気づいた。
それでもうんうんと頑張っていると、ひょいと軽くなった。
本当は軽くなったのではなかった。地面がゆっくり揺れたのだった。
そして鉄条網はぐにゃりと曲がった。上から土が落ちて来たからだ。桜木はひっくり返りながらそれを見た。
「瑞輝!」桜木はまだユラユラ揺れている中を立ち上がろうとしながら穴に声をかけた。
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