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 台風も地震も大した被害は出さなかった。台風は事前にどの程度の強さが来るとわかっていたのもあったし、上陸してすぐに勢力を弱め、町を通過する頃には雨風こそ一時的に強かったが、進むスピードが速かったので長雨にならなかった。地元消防団も精力的に活動し、住民たちは互いを気遣った。  伊瀬谷はそれなりに対応に満足していた。もちろん、雨で財布がなくなったとか、風で孫の服が飛ばされたとか、地震で大事にしていた茶碗が割れたとかいう被害報告は受けていたが、どれも命に関わるようなものではなかった。台風と地震がほぼ同時に来たことを思うと、被害はびっくりするほど少ないとも言えた。  停電も断水もごく一部で発生したが、明日には復旧できそうとのことだった。  そんな中、玄武岩周辺での地盤崩落はちょっとした事故だった。桜木住職が言うには、入間瑞輝が中に閉じ込められているという。スコープを入れてみたが、中は土砂で埋まり、空間は見つかりそうになかった。そこで柔らかい土砂の部分から掘り出し作業が始まった。夕方になっていたので、ライトも用意されて、野次馬も集まり、何やら町の祭りのような雰囲気さえ醸し出された。  伊瀬谷はどうしてそういうことになったのか理解できなかった。金剛寺で瑞輝は大人しくしているはずだった。確かにまだ目的地はありそうだったが、桜木住職がついていながらなぜと思った。桜木は申し訳なさそうに肩をすくめた。 「龍憑きの兄ちゃんが埋まったってホントかい?」  大工姿の老人が野次馬の一人に声をかけていた。 「そうらしいよ、中に祭壇があるらしくて。そこに行こうとしてたんだって」 「祭壇ねぇ。この辺りは日丘を守るキダさんがいてるはずだよなぁ。その祭壇かな」 「キダさん? あそこの郵便局の隣の?」 「違う、違う。亀に蛇って書いてキダさんだぁな。龍の兄ちゃん、ナイさんが台風で壊れたんで、キダさんに頼みに来たんだな」  大工は腕組みをして作業現場に向かった。「俺も手伝おう」  そうやって有志が何人か作業を手伝いはじめていた。現場監督は土木作業の鈴木建設が担っている。 「黒亀神社には世話になってるからな」鈴木建設の社長はそう言ってショベルカーなどの重機も進んで出してくれた。  伊瀬谷は野次馬整理をしながら、意外に思っていた。町の大人たちは誰も『龍憑き』の少年がいなくなるかもしれないことを喜んではいなかった。むしろ、失われたら何かある、というような見えない危機感のようなものが漂っている。  キュッと車が停まって、中から長身の入間晋太郎と、その友人の赤井泰造が出て来た。 「ああ、なんだこりゃ」大きな工事現場のようになった岩場を見て、泰造はため息をついた。「すごいことになってんな」 「そうだな」晋太郎は野次馬に次々に声をかけられていたが、伊瀬谷を見つけるとやってきた。 「ご苦労様です」伊瀬谷は晋太郎に言った。晋太郎は思ったより冷静な顔をしていた。 「こちらこそお世話になっています」晋太郎は深く頭を下げた。「瑞輝のことでご迷惑をおかけして申し訳ありません」 「いや」伊瀬谷は困惑した。家族が土砂に埋まっていて生死がわからないという状態でこんなに落ち着いていられるのだろうか。
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