■ 彼岸明 土曜日 4 ■

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■ 彼岸明 土曜日 4 ■

 瑞輝は二日間集中治療室にいて、三日目には意識が戻って一般病棟に移された。意識は戻ったが、まだ寝ている時間が長く、話はほとんどできなかった。  瑞輝が濁流に飲み込まれて重体だと聞いた時は、ユアは腰がくだけそうになったが、こうして静かに寝ているのを見ていると、今にも伸びをしてのんびりと目を覚ましそうだった。 「大丈夫だよ、そのうち『腹減った』とか言いながら起きるよ」  瑞輝の兄の晋太郎が言って、ユアは背筋を伸ばした。すごく心配しているという顔をしないように努力する。 「なんだかよくわからないけど、うちの常連さんたちが瑞輝にって」  ユアは茶封筒を出した。 「何だろう」晋太郎は茶封筒を受け取ると中身を出した。紙幣が六枚ほど入っている。「これは…受け取れないよ。瑞輝はただ自分で勝手に川に落ちたんだから」 「でも…」ユアは困って晋太郎を見た。「お見舞いに行くって言ったら、押し付けられちゃって」  晋太郎は彼女を見た。「そうだな、お客さんからだと、渡せなかったって返すわけにもいかないしね。これはうちが受け取っておかないと君が困るよね」  ユアはうなずいた。「すみません、私、中身を知らなかったから」  晋太郎は微笑んだ。「わかった。じゃぁこれをくれた人たちの連絡先だけ、また教えてくれるかな。お礼を言っておくから」 「はい」ユアはホッとしてうなずいた。  晋太郎は慌てて駆けつけてくれたらしい彼女を見た。確か、瑞輝とは五歳から中学校まで一緒だったと記憶する。高校は別になったというのに、まだ気にかけてくれているとは嬉しい話だ。 「ここだよ、入間って書いてる」  病室の前で声がして、ユアと晋太郎は顔をそちらに向けた。半開きのドアから二人の女の子の顔が覗く。  晋太郎はニヤッと笑った。女子高生が続々と見舞いに来るとは、瑞輝もやるじゃないか。午前中は金剛寺の桜木や大工の棟梁、学校の校長と、年寄りばっかりが来たのだが。 「あ、失礼…します…」遠慮がちに小柄な少女が言った。その手前に気の強そうな少女が小さな花束を持って立っている。 「こんにちは。えっと…入間君のお見舞いに来たんですけど」 「どうぞ」晋太郎は紳士的に二人を招き入れた。「瑞輝の学校の友達?」  そう言われて京香はチョコを見た。「友達かなぁ、私たち?」 「そうじゃない?」チョコは苦笑いして答える。  それを見て晋太郎は笑った。「じゃぁ、一応友達ってことで。名前を聞いてもいいかな。お見舞いに来てくれた人を記録してるんだ。瑞輝が寝てばっかりだから、退院したら礼を言わせようと思ってね」  チョコはうなずいて晋太郎に二人分の名前を教えた。 「私はいいわよ」京香は言ったが、晋太郎が「恩は売っておいて損しないよ」と爽やかに言うので仕方なく消さずにおいた。 「マカロンを持ってきました」チョコは小さな包みを出した。おしゃれなラッピングがしてあるその手みやげを見て、ユアはちょっと恥ずかしくなった。自分は何も持って来なかった。とにかく瑞輝の顔が見たくて何も考えずに来てしまった。瑞輝はお菓子が大好きだから、きっと大喜びするだろうな、と思う。私が持ってるのは、食べかけのポッキーぐらい。
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