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三日もすれば起きますよ、と小児科医が言った時は信じられなかったが、三日目には本当に瑞輝は目を覚ましたらしい。夕方、伊瀬谷は見舞いのカステラを持って県立病院の病室を訪れた。
病室のドアは開いていて、伊瀬谷が近づくと中から話し声が聞こえた。若い声だ。どうやら高校生らしい。
邪魔かなと伊瀬谷は入るのをためらった。
「どうぞ」
部屋から若い男子高校生が出て来てニコリと笑った。サッカー日本代表のユニフォームを着ている。きっとサッカー部だ。
「では…」伊瀬谷は中に入った。そして後悔した。若者が男女合わせて五人もいる。驚いた。娘の話によると、入間瑞輝に学校での友達は皆無らしいのだが。
瑞輝は寝ていた。友人同士で話が盛り上がっていたらしい。
伊瀬谷はカステラを脇のテーブルに置いて、眠っている患者を見た。きれいな金髪がすっかり短く刈られ、ぐるぐると包帯が巻いてある。顔にもあちこちガーゼが貼ってある。布団の上に投げ出された右腕は肩から指先までびっしり包帯が巻かれていた。
「あの…オジさんは…」さっきの明るい表情の少年が横に立って言った。
「ああ」伊瀬谷は被っていたハンチング帽を取って少年を見た。「ええと…」友達の前で警察官と言うのはどうかなと伊瀬谷は思った。「娘と学校が同じで」
「え」少年はさっと後ろを振り返った。伊瀬谷と少年の会話を聞いていた少女と目が合う。喫茶ポルカの看板娘だ。「あ、違うよ、瑞輝の彼女とかじゃないですよね?」少年が慌てて聞く。
「ああ、違う。どっちかというと、うちの娘は彼の天敵だ」伊瀬谷が言うと、少年たちが笑った。一気に場が和やかになる。伊瀬谷は喫茶ポルカの少女が入間瑞輝に好意を持っているのだなと察する。そしておそらくは入間瑞輝も彼女を想っているであろうことは、既にわかっている。
「警察の人だよ」喫茶ポルカの少女が言った。「今日は制服じゃないけど」
「え、そうなんだ」少年は丸い目をさらに丸くした。「殺人容疑?」
「いや。お見舞いに。彼の容疑は完全に晴れたよ。犯人は捕まった」
「良かったぁ」もう一人の髪の長い色白の少女が両手を合わせて喜ぶ。
「疑ってたのか?」他より少し系統の違う少年が笑う。彼は制服ではなく、黒いTシャツに白い文字で『魚命』と書いてあるものを着ている。少し言葉尻も雑で、態度も大きい。
「疑ってないです」長い髪の少女は憤慨するように言った。
「君たちも学校の友だちかな?」
「いや、僕と二宮さんは中学で一緒になったんです。こっちの高木さんと福田君は保育所から一緒という幼なじみ。で、こちらの魚屋のお兄さんは、瑞輝が高校で唯一仲良くなった山内さん」
明るいサッカー少年が言って、伊瀬谷は苦笑いした。『魚命』の少年はうんうんとうなずいている。
「本当は瑞輝にかかって行って、反対にやられちゃった人」と今まで雑誌に目を落として黙っていた奥の福田少年が言って、少年少女たちは笑った。少し柄の悪そうな目つきをしている『魚命』の山内少年さえ笑っているから、どうやら共通の笑い話のようだ。
「そうか。娘の話だと、入間君は友達がいないというようなことを聞いていたから、こんなに見舞いに来てくれる友達がいるとは思ってなくて驚いた」
伊瀬谷はサッカー少年に勧められて、椅子に座った。代わりに少年が立って壁にもたれている。
「いや、友達は少ないですよ」目の丸いサッカー少年が言った。「俺に寄るなってオーラ出してるから。たぶん今も変わってないと思う」
確かに。伊瀬谷はうなずいた。「娘ともそれで揉めたようだ」
少年たちはまた笑う。
笑い声が響いたのか、瑞輝が首を動かした。そして眉間にしわを寄せてから目を開く。そして伊瀬谷を認めると、さらにしわを深くした。「なんで」
伊瀬谷は立ち上がって瑞輝のベッドサイドに立つ。
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