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「瑞輝、シフォンケーキって、シンプルなやつだよ。退院祝いなんだから…」
「それがいい。泥水ん中で、食いたいって思ってた」
ユアは笑った。「本当?」
「ホント。ユアのシフォン食いたいから死にたくねぇって思った」
「嘘ばっかり」
ユアは笑って、自分の鞄からお守りを出した。
「瑞輝のお兄さんにもらったの。黒岩神社のお守りだって。普通の人には強すぎるけど、瑞輝にはちょうどいいかもしれないって言ってた」
瑞輝はそれを受け取ってお守りを見た。小さな袋に黒岩神社の岩のかけらが入ったお守りだ。これは一般には売ってない。きっとばあちゃんが袋を縫ってくれたんだろう。黒岩に封じられた大蛇の一部が瑞輝に宿っているとも言われている。岩と瑞輝は確かに相性がいい。
「シフォンケーキ、作るから早く元気になってね」ユアがそう言って立ち上がり、ニコリと笑う。
瑞輝は彼女を見上げた。
「元気になったら、またユアと会えなくなるもんな」
「何言ってんの」ユアは笑う。
「つまんねぇ」
「お店に来たらいいじゃない」
瑞輝は割り引きチケットを見た。「そうだな」瑞輝は息をついた。「俺がもっとちゃんとした奴になったら、会いに行く。だからできたら、それまで待ってくれ」
ユアは驚いて瑞輝を見た。「何、急に」
瑞輝は昔から変わらない意志の強い目に戻っていた。
「俺は人並みにできねぇことがありすぎるからさ。こんな怪我とかしてボロボロの体じゃどうしようもねぇし。変なことは相変わらず言うかもだけど、今、前よりは普通になる練習してんだよ。言っちゃいけないこともわかってきたから、昔よりはまともになるから、ちょっと待ってくれねぇかな」
「待つって何を」ユアは小さな声で聞いた。頭が真っ白になりそうになる。
「他の奴と付き合うのをさ」
ユアはじっと瑞輝を見た。「今のところ、予定はない…けど」
瑞輝は笑顔になる。「じゃぁ半年待ってくれ」
「半年…?」
「長い?」
「じゃなくて。なんであんたが変わる必要があるの?」
瑞輝は少し怒ったようなユアの口調に驚いた。
「私、あんたがちゃんとしてないなんて、思ったことないけど」
ユアは腕組みをする。
あれ。なんでユアは怒ってんだ。瑞輝は当惑した。
「そのままでいいじゃない。人並みになんてバカみたい。人に合わせて我慢して、今まで散々苦労してきたくせに、まだ我慢するつもりなの? 普通になる練習って何? そんな無理して合わせてもらっても全然嬉しくないし。そんな奴、一日だって待たないから。バカっ」
ユアはそう言って、鞄を持つと病室を出て行った。
ええ?
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