■ 月曜日 5 ■

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■ 月曜日 5 ■

 放課後、スッキリした桜の木の下で寝ころんでいると、藤崎がやってきた。 「桜、治ったな」  声をかけられて、瑞輝は閉じていた目を開いた。ハラリと葉が瑞輝の顔に落ちた。それを首を横に向けることで地面に落とした瑞輝は、面倒そうに藤崎を見た。  藤崎は瑞輝の横の芝生の上に座った。 「何だかおまえ、最近丸くなったよな。何かあったか?」  瑞輝はまた目を閉じる。 「おい、教師を無視するのか。生物の単位落とすぞ」  ふんと瑞輝は笑って目を開く。「何だよ」 「いろいろ、うまくいって良かったな。濡れ衣も晴れたし、桜も治ったし、オオグスは倒さないことになったみたいだし、下水管は修理してうまくいってるらしいし、何だっけ、地震の神様は元の場所に社が建つらしいし。残念なのは、おまえが体育祭に出られなかったってことぐらいか。安達先生は演出に燃えてたのになぁ」  瑞輝はチラリと藤崎を見た。それから自分の右手を見る。まだ完全に自由に動くというわけではない。入院しているときは全く動かなかった。そのままになるんじゃないかと危機感を感じたが、日数が過ぎるにつれ、少しずつ麻痺は引いて来た。 「来年があるだろ」瑞輝は空を見た。  藤崎も一緒に空を見る。「安達先生もそう言ってた」 「じゃぁそれでいいじゃねぇか」 「あっさりしてるよな」藤崎は呆れて瑞輝を見た。「悔しいとか、惜しいことしたとか、うまくしたらモテモテになれたのにとかないのか?」  瑞輝は聞いているのか聞こえていないのか、じっと中空を見ている。野球部のボールを打つ音や、サッカー部の掛け声が聞こえる。秋風が時折、芝生や桜の葉を揺らす。  ないみたいだな。藤崎は諦めて息をついた。この執着のなさが問題だ。だから友人関係も稀薄だし、勉強もすぐに諦める。もちろんそれがいい方向に出ることもある。からかわれても全く気にしない。俺は勉強なんかできないと腐ったりもしない。胸を張って頑張ってるだろうがと言う彼を見ると、そうは見えなくてもうなずきそうになる。 「センセー、頼みがあるんだけど」  瑞輝が前触れもなく言った。 「何だ?」藤崎は少し警戒した顔をする。「桜の礼ならしただろ? まだ請求する気か?」 「そんなんじゃねぇよ」瑞輝は体を起こした。「一回、手合わせしてほしいんだよ、剣道で」 「え? 来年の春じゃないのか?」藤崎は目を丸くした。「今は調整中とか言ってなかったか?」 「言ってた」瑞輝は唇を尖らせる。「言ってたけどよ、ちょっと確認したいことがあって。俺、今、左手しか使えねぇから大丈夫だよ。人並み以下」 「それは信じられないな」 「即答かよ」瑞輝は笑った。藤崎の言葉は全く気にしてない。藤崎は苦笑いして瑞輝に向き直った。 「手合わせするのはいいが、何を確認したい?」  そう言われて瑞輝は藤崎を真っ直ぐに見た。藤崎が照れそうになるぐらいだった。 「俺がそういうことをホントに好きなのかどうか。今までって、神事も練習もやれって言われてやってることばっかりだったし、他にやる奴いねぇとか、他に手がないとか、追いつめられてばっかで考える余裕がなかったんだよな。今やってる調整もさ、どうしようもねぇからやってるわけ」 「はぁん、相変わらずよくわからんが、おまえも辛い立場なんだな」藤崎は同情して瑞輝を見る。
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