■ 月曜日 5 ■

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「で、俺は入院中に考えた」瑞輝は手元の草を指先でもてあそびながら言う。 「ほほう」 「やれって言われてやってんだけど、別に嫌で嫌でたまんねぇってわけでもないなと。この先の将来にしてもさ、神社に縛られるのは決まってるけど、死ぬほど嫌ってわけでもない。他のこともしてみてぇなとは思うけど、たぶんここに戻って来るんだろうなって感じの気はしてるんだよな。じゃぁ俺はそれが好きなのかなと思って」 「好きだろ?」藤崎は驚いて言った。「おまえ、この前のスポーツセンターで剣道見てる時も、目がキラッキラしてたぞ。俺は絶対におまえはスポーツも好きだと思ってた」 「サッカーとかバスケはよくしたけど、剣道とか柔道はやったことないし、やらないようにしてたからわかんねぇ。得点するのは嬉しいけど、勝つとか負けるとかは、あんまりわかんねぇんだよな。個人競技って、勝ち負けが割と大事だろ?」 「うーん、そうかな」藤崎は腕組みをした。「一応『道』という名のつくものは、勝負だけというよりも自分自身と向き合うところもあるからな。まぁこれは何に対しても言えるんだけどな。俺の知り合いには『虫道』を追求してる奴もいるし」 「じゃぁ俺が習ってる剣術ってのは、道じゃなくて術だから、技術だけってこと?」  藤崎は瑞輝を見た。この生徒がこんなに真剣な話をするのは珍しい。いつもはヒラヒラと表面を上滑りするような会話が多い。あるいは冗談めかして誤摩化してしまうか。今日は違う。 「これは個人的な意見として聞いて欲しいんだが」藤崎は断った。  瑞輝はうなずく。 「もちろん何でも深めれば、核心に近くなり、やっぱり自分との戦いになるとは思う。ただ、言ってみれば、その最初の目的が違うんじゃないかと俺は思う。例えば剣道は、剣を使って自分自身と向き合うためにやる。剣はそのための道具だ。でもおまえの場合の剣術はまず相手を倒すということを達しないと意味がない。その中での向き合いになるんじゃないかとな」  瑞輝はしばらく考える。それからゆっくりうなずいた。「だから先生は、俺の剣は人を殺すためにあるって言ったんだな」 「まぁ…あれは…おまえの剣の集中力みたいなものにびっくりしたのもあった。もしかして、傷ついてたか?」 「ちょっとな」瑞輝は笑った。「傷ついたって言うか、ずっと頭のどっかに刺さってて、離れないんだ」  藤崎は苦笑いした。悪いことしたな、と思う。言った時はシレッとした顔をしていたから気にしてるとは思わなかった。 「確かに俺の場合は、勝たないと死ぬってのがあるからな」  藤崎はそうつぶやく瑞輝をじっと見た。「勝たないと死ぬ?」 「と、思う。死んだことはねぇけど、そんな気がする。だってでかい神事、失敗したらすんげぇ厄災が降り掛かるわけだろ。昔だったら大飢饉とか、大水害とか。それをさ、代行するってことは、その厄災、全部引き受けるってことだろ。死ぬだろ、普通」 「そういうことをよく平気で言うな」 「慣れだな。俺は気がついたらその中に放り込まれてたからな。もうしょうがねぇもんと思ってる」 「そうか」藤崎はそう言いながらも、戸惑っていた。本当に文字通り、この生徒が命をかけているとは思ってもいなかったからだ。ただ、納得する部分もあった。入間瑞輝が何気なく剣を持った時に発する空気に、異様なものを感じたのは事実だ。 「そんなんでやってきたから、最初っからやりたいなと思って。やっぱ相手が俺より上じゃねぇと怖いから、先生に頼みたい」 「おまえのプライベートの先生はいいって言ってんのか?」 「好きにしろ、って」瑞輝は少し不服そうに言った。「俺は怖がってるだけで、最初っからちゃんと使い分ける力はあるって言うんだ」 「なんだ、そうなのか」藤崎は笑った。「じゃぁ今からでも入部試験は受けられるわけだ」 「その前に、俺がホントにやりたいのかどうか、確かめたい」  藤崎は瑞輝の肩をポンと叩いた。「大丈夫だ。おまえは絶対に好きだから」 「へぇ」瑞輝は疑いを含んだ表情で藤崎を見た。 「疑うのか? だったら立て。今から行こう」そう言って藤崎は立ち上がった。
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