■ 月曜日 5 ■

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「何するのよっ」京香は振りほどこうとしたが、瑞輝の手はそれほど強く握っているわけではないのにほどけなかった。しかし京香が振りほどこうとするのをやめると、瑞輝はすぐに手を離した。京香は瑞輝を睨みつけた。 「敵って誰よ」京香は瑞輝に言った。どうして自分がこんなに怒っているのが、自分でも理由がよくわからなかった。敵なんかいないのに。いないんだから、コイツに何を言われても腹が立つわけないのに。 「敵はいない」瑞輝が言って、京香は戸惑った。 「間違ってるって今言ったじゃない」  瑞輝はうなずいた。「だから、俺を敵だと思うのが間違ってる」  ぶん殴りたい。京香は本気で思った。もしここが学校じゃなくて誰も見てなくて誰にもバレないなら、今ここで入間瑞輝をぶん殴りたい。 「俺を間に入れて、親父と付き合ってるからややこしくなる。オジさんはオジさんで無口で必要なとこも言わない人だし、伊瀬谷さんは俺にはズケズケ言うけど、そうやって男っぽい感じでザックリしてるっていうか…無理してる気がする」 「無理なんか」京香が言い始めるのを瑞輝は遮った。 「なんで俺が通訳してやんなきゃいけないのかわかんねぇけど、オジさんには恩があるから言っておく。生まれる前は男の子が欲しいって思ってたかもしんないけど、今は思ってない。オジさんが俺を気にするのは、別に息子がほしいとかじゃなくて、単に職業病だと思う。伊瀬谷さんは渡瀬さんが自分の代わりみたいに思ってるかもしれないけど、渡瀬さんは渡瀬さんで、伊瀬谷さんは伊瀬谷さんだから、違う」  わかってるわよ、そんなこと。京香は顔が赤くなるのを感じた。わかってるわよ、と言いたいのに言葉が出ない。何、この態度。人を見透かすみたいに偉そうに。 「去年、クラス委員だったってこと、自慢してた」  瑞輝が言って、京香は目を上げた。父が? 家ではそんなこと一度も言われたことがない。 「俺は思春期の娘ってのがいるわけじゃねぇからよくわかんねぇけど、男親ってのは娘に対して照れるんだってさ。オジさんと、俺の知り合いのオジさんが言ってたよ。怖いんだって。どんどん大人になっていく娘が。男はずっとガキだからって。だから娘が譲ってやるしかねぇんだよ。自分は親父のことを好きだって言ってやんないとさ。親父はどうせ娘が何考えてるかなんか、なーんもわかんねぇんだ。勝手に好きなようにやってんのか、親父に好かれる子どもになろうと無理してんのかもわかんない。だから、好きなようにやらないと損だと思うけどな」  京香は瑞輝を黙って睨み続けた。 「たぶん、伊瀬谷さんもオジさんもわかってるんだと思う。俺がこんなこと言わなくても自分たちで何とかしていくんだろうけど、黙って見てるのは、こっちも苦しいんだ。俺が楽になりたいから、勝手なことを言ってる。うるさいってビンタされてもしょうがねぇ。されたくはないけど」  京香は瑞輝が覚悟を決めたように待つのを見て息をついた。 「そんな後味の悪い言い方されたら、できないわよ」  瑞輝は笑った。「良かった」
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