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京香は息をついた。瑞輝の言う通りだと認めるのは難しかった。でも間違っているかと自分に聞くと、完全に違うとも言いきれない。自分が自分に嘘をつき、大事な友人に自分のやりたいことを投影させ、父に期待されたいと甘えた考えの人間だと認めるのは、きっとずっと後にならないとできないだろう。
「それで、あんたは楽になったわけ?」京香は瑞輝を見て言った。
瑞輝は少し考えてからうなずいた。「黙ってるよりは、言って殴られる方がずっと楽だ」
「殴らないわよ」京香は呆れて言った。
「伊瀬谷さんは許してくれると思った」
「何それ。勝手に決めないでよ」
「別に許してくれなくてもいいと思った。どうせ好かれてない。残しておきたい友情もない」
京香はそれを聞いて怒りそうになったが、何だか力が抜けて笑った。
「私、ホントに入間君を誤解してたかも」
「いや、誤解じゃない。俺が提出物の期限を守らなかったのは事実だし。ルーズで信用できねぇ奴と思われても仕方ない」
「言い訳はしないの? 私、去年、入間君に腹が立ったのって、遅れた言い訳をしなかったからなの。理由を言ってくれたら、仕方ないなって思ったかもしれないじゃない。なのに、入間君はふざけて答えるか、何も言わないかだったから」
「そっちが信じないか、聞かないかだったんだって」瑞輝は小さく笑った。「ホントのことを言うとふざけてるって怒られて、もっと別の理由を聞かせろって言われても、他にないからな。黙るしかねぇだろ。疲れてホントに何も覚えてないときってあるんだけど、嘘だって言われると、うまい返しも思いつかないしな」
「本当だって言ってくれたら良かったのに」
瑞輝は京香を見た。京香はその目が「言ったところで信じたか?」と言っている気がしてドキリとした。
「嫌われてると楽なんだよ」瑞輝は京香の予測とは違うことを言った。「好かれようと努力してる人を見ていると偉いと思う。俺には…難しい」
京香は瑞輝がさっき声をかけた時と同じような表情になるのを見た。そう言えば京香に「敵はいない」と言う時も同じように表情がわずかに暗くなっていた。本当に彼は苦しいのかもしれないと京香は思った。
「入間君、自分で今言ったくせに。好かれようと努力するのはバカバカしいって。自分は自分のままでいいって私に言ったでしょ?」
京香が言うと、瑞輝は伏せていた目を上げた。
「言ったな」
「言った」
瑞輝は視線を下げて小さく笑った。「自分に返ってくるとは」
「そんなもんよ」京香も笑った。これであいこという気がした。「きっと次は信じるから、言い訳をしてよ。で、私が信じなかったら、本当だって言ってよね」
「嫌われてんのに?」瑞輝はいつもの軽い表情になって言った。
「これ以上嫌われないために、でしょ」
京香が言うと、瑞輝は「そうか」とうなずいた。
元気出してよ、と京香は言いたかったが恥ずかしくて言えなかった。代わりに何か言わなければと思って、頭の中を探った。ちょっといい話。そう、そういえば。
「入間君、中庭の桜、気にしてたよね。元気になって良かったね。一つだけ花が咲いてたよ。すごくきれいに」
瑞輝は中庭のある方を見た。「花?」さっきはなかった。
良かった。食いついた。京香はうなずいた。「うん。見て来たら?」元気出るかもしれないよ、と心の中で付け足す。別にみんなと咲く時期が違ってもいいじゃない。そういうメッセージが伝わるといいんだけど。
見て来る、と瑞輝が歩き出したのを見送って、京香は桜に祈った。どうかあの花が彼を元気づけてくれますようにと。
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