■ 月曜日 ■

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「そうだな、俺もいきなり台風とか竜巻とか自由自在に起こせるようになったら、完全体って気がするんだろな」  晋太郎は笑う。瑞輝にとっての完全体のイメージはそういうものか。 「完全体になって、俺がホントに漫画の龍みたいにでっかい蛇みたいになったら、晋太郎、どうする?」  瑞輝が少し不安そうに聞いた。 「動画を撮って、投稿する」晋太郎は笑いもせずに言った。 「ヤブ医者に悪い影響受けてるな」瑞輝は顔をしかめる。 「何だ、泰造がそんなこと言ってたか?」晋太郎は笑った。瑞輝が真剣に心配しているから、ちょっとした冗談のつもりだったのに。幼なじみの小児科医、赤井泰造と同じレベルに並べられるとは心外だ。 「言ってた。一緒に儲けようって。俺、龍になったら人間の言葉はわかんねぇんじゃねぇのって思うんだけどな」 「大丈夫だ」晋太郎は瑞輝が自分の頭を手で押さえるのを見た。頭痛の波が来たらしい。「そんなことが起こるなら、今でももうおまえの手には鱗が出ててもおかしくない。爪だってもっと尖ってるはずだ。たぶん、完全体ってのは見た目にはそれほどわからないもんなんだよ。それにゼロから百になるんじゃなく、おまえの場合は十二のときから徐々に強くなってきてるんだから、昨日が九十九で、今日が百でも、変化はわからないはずだ」 「伊藤さん、何て言ってたっけ。完全体になった証が出るって言ってたよな、何だっけ?」  黄龍信仰の管理団体である龍清会の伊藤氏を晋太郎は思い出す。晋太郎と同年代で、悪い人ではないようだが、いい人でもないような気がする。晋太郎のいないところで瑞輝に会い、黄龍とは、ということを教育しては、瑞輝が生意気を言うとボコボコ殴るらしい。瑞輝は彼のことを頼っているようだが、同時に機嫌を損ねたらマズいと恐れてもいる。 「あの人も確証があって言ってるんじゃない。黄龍ってのは命の源だから、おまえの血が」 「ああ、思い出した」瑞輝は目を上げた。「俺の血が死にかけてるものとか、生き返らせたりするんだよな」 「逆もあるそうだ」晋太郎は静かに言った。 「命を奪う?」  晋太郎はうなずいた。物事にはいつでも反対の面がついてくる。 「例えばゴルフクラブで殴られた俺の血がセンター長に飛んじゃって、それで命を奪うってこともあるわけだよな」  瑞輝が一瞬不安げに言ったので晋太郎は首を振った。 「意識不明だが亡くなってない」 「まぁな」  瑞輝は単純だから素直に納得する。 「おまえの血は、直接何かを与えるわけじゃない。何かと何かの仲介をするだけだ。基本的に黄龍というのはニュートラルで何も持ってないんだそうだ。物事を平均化する力みたいなものを持っているらしい。本来、自然はいつでも平均化しようとして動いている。大量発生も絶滅もその平均化の流れの結果だ。バランスはいつでも揺らいでいて、基準は一定でなく、常に移動している」  晋太郎は言いながら、それっていつものこいつじゃないかと思い至る。瑞輝が頼りなく見えるのはそのせいだ。いつもフラフラしていて一定じゃない。予定通りに動いたりしない。思いつきと勘で生きている。それをシャキッとさせたくて、周りの大人たちが厳しく言うのに。  だとしたら、瑞輝は既に黄龍らしさを完全に持っているとも言えなくもない。細かい事にくよくよしたと思えば、むくっと首を上げて泣いててもしょうがねぇしと切り替える。そして同じ失敗をしたりする。いや、同じ失敗ではなく、微妙に違う似た失敗を。あれは進化か。
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